もーちゃんの部屋

日本のアブナイ政治屋たちによる右傾化を憂える記事が多いけれど、本当はキリスト教信仰やBCL、昔習っていた電子オルガンにまつわる話などを書きたいと思っています。

憲法は、国民が国家の暴走を食い止めるためにあるのです。国家が国民を統制するためのものではありません!
憲法・教育基本法の改悪と共謀罪、ホワイトカラーエグゼンプションの新設、原子力政策、特定秘密保護法、TPPに反対します!
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「戦争はもう絶対にしたくないという日本人の感情と、理想主義に燃えたGHQの若いアメリカ人との奇跡の合作だった」──『憲法九条を世界遺産に』(集英社新書)
「憲法は天皇陛下と私の合作だ」「天皇陛下がいなければこの憲法はありえなかった」──マッカーサーの言葉
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    昭和天皇、靖国へのA級戦犯合祀反対
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      皮肉なことに、新憲法で天皇の政治への関与が禁じられると、天皇信奉者によって天皇の意図しない方向に政治が行われ、天皇を苦しめることになる。

      靖国へのA級戦犯合祀然り、「日の丸・君が代」の強制然り……。


      昭和天皇「私はあれ以来参拝していない」 A級戦犯合祀

       昭和天皇が死去前年の1988年、靖国神社にA級戦犯が合祀(ごうし)されたことについて、「私はあれ以来参拝していない それが私の心だ」などと発言したメモが残されていることが分かった。当時の富田朝彦宮内庁長官(故人)が発言をメモに記し、家族が保管していた。昭和天皇は靖国神社に戦後8回参拝。78年のA級戦犯合祀以降は一度も参拝していなかった。A級戦犯合祀後に昭和天皇が靖国参拝をしなかったことをめぐっては、合祀当時の側近が昭和天皇が不快感を抱いていた、と証言しており、今回のメモでその思いが裏付けられた格好だ。

      メモは88年4月28日付。それによると、昭和天皇の発言として「私は 或(あ)る時に、A級(戦犯)が合祀され その上 松岡、白取(原文のまま)までもが 筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが」と記されている。

       これらの個人名は、日独伊三国同盟を推進し、A級戦犯として合祀された松岡洋右元外相、白鳥敏夫元駐伊大使、66年に旧厚生省からA級戦犯の祭神名票を受け取ったが合祀していなかった筑波藤麿・靖国神社宮司を指しているとみられる。

       メモではさらに、「松平の子の今の宮司がどう考えたのか 易々(やすやす)と 松平は平和に強い考(え)があったと思うのに 親の心子知らずと思っている」と続けられている。終戦直後当時の松平慶民・宮内大臣と、合祀に踏み切った、その長男の松平永芳・靖国神社宮司について触れられたとみられる。

       昭和天皇は続けて「だから私(は)あれ以来参拝していない それが私の心だ」と述べた、と記されている。

       昭和天皇は戦後8回参拝したが、75年11月の参拝が最後で、78年のA級戦犯合祀以降は一度も参拝しなかった。

       靖国神社の広報課は20日、報道された内容について「コメントは差し控えたい」とだけ話した。

          ◇

       《「昭和天皇独白録」の出版にたずさわった作家半藤一利さんの話》メモや日記の一部を見ましたが、メモは手帳にびっしり張ってあった。天皇の目の前で書いたものかは分からないが、だいぶ時間がたってから書いたものではないことが分かる。昭和天皇の肉声に近いものだと思う。終戦直後の肉声として「独白録」があるが、最晩年の肉声として、本当に貴重な史料だ。後から勝手に作ったものではないと思う。

       個人的な悪口などを言わない昭和天皇が、かなり強く、A級戦犯合祀(ごうし)に反対の意思を表明しているのに驚いた。昭和天皇が靖国神社に行かなくなったこととA級戦犯合祀が関係していることはこれまでも推測されてはいたが、それが裏付けられたということになる。私にとってはやっぱりという思いだが、「合祀とは関係ない」という主張をしてきた人にとってはショックだろう。

          ◇

       靖国神社への戦犯の合祀(ごうし)は1959年、まずBC級戦犯から始まった。A級戦犯は78年に合祀された。

       大きな国際問題になったのは、戦後40年の85年。中曽根康弘首相(当時)が8月15日の終戦記念日に初めて公式参拝したことを受け、中国、韓国を始めとするアジア諸国から「侵略戦争を正当化している」という激しい批判が起こった。とりわけ、中国はA級戦犯の合祀を問題視した。結局、中曽根氏は関係悪化を防ぐために1回で参拝を打ち切った。だが、A級戦犯の合祀問題はその後も日中間を中心に続いている。

       昭和天皇は、戦前は年2回程度、主に新たな戦死者を祭る臨時大祭の際に靖国に参拝していた。戦後も8回にわたって参拝の記録があるが、連合国軍総司令部が45年12月、神道への国の保護の中止などを命じた「神道指令」を出した後、占領が終わるまでの約6年半は一度も参拝しなかった。52年10月に参拝を再開するが、その後、75年11月を最後に参拝は途絶えた。今の天皇は89年の即位後、一度も参拝したことがない。

       首相の靖国参拝を定着させることで、天皇「ご親拝」の復活に道を開きたいという考えの人たちもいる。

       自民党内では、首相の靖国参拝が問題視されないよう、A級戦犯の分祀(ぶんし)が検討されてきた。いったん合祀された霊を分け、一部を別の場所に移すという考え方で、遺族側に自発的な合祀取り下げが打診されたこともあるが、動きは止まっている。靖国神社側も、「いったん神として祭った霊を分けることはできない」と拒んでいる。

       ただ、分祀論は折に触れて浮上している。99年には小渕内閣の野中広務官房長官(当時)が靖国神社を宗教法人から特殊法人とする案とともに、分祀の検討を表明した。日本遺族会会長の古賀誠・元自民党幹事長も今年5月、A級戦犯の分祀を検討するよう提案。けじめをつけるため、兼務していた靖国神社の崇敬者総代を先月中旬に辞任している。

          ◇

      《靖国神社に合祀された東京裁判のA級戦犯14人》

      【絞首刑】(肩書は戦時、以下同じ)

      東条英機(陸軍大将、首相)
      板垣征四郎(陸軍大将)
      土肥原賢二(陸軍大将)
      松井石根(陸軍大将)
      木村兵太郎(陸軍大将)
      武藤章(陸軍中将)
      広田弘毅(首相、外相)

      【終身刑、獄死】

      平沼騏一郎(首相)
      小磯国昭(陸軍大将、首相)
      白鳥敏夫(駐イタリア大使)
      梅津美治郎(陸軍大将)

      【禁固20年、獄死】

      東郷茂徳(外相)

      【判決前に病死】

      松岡洋右(外相)
      永野修身(海軍大将)

      「asahi.com」2006年07月20日11時12分

      昭和天皇『靖国メモ』

       「だから 私(は)あれ以来参拝していない それが私の心だ」−。一九七五年を最後に、天皇の靖国神社参拝が途絶えたのはなぜか。昭和天皇の八八年の発言を記録した富田朝彦・元宮内庁長官(故人)のメモは、A級戦犯合祀(ごうし)への不快感がその理由だったことを如実に示している。靖国神社の関係者らは、神社側が天皇の「内意」を無視した背景に、皇国史観に染まった元宮司らの「強行」があったと証言する。 (社会部・加古陽治)

       「ずっと行幸啓(天皇の靖国参拝)がない時に、松平さんが言った発言を覚えています。『宮内庁のばかども』とか『侍従職の腰抜けども』なんて言うんです」

       今年一月十日、長野県高遠町(現伊那市)の自宅で、戦後長く靖国神社に勤めた馬場久夫さん(81)が語った。「松平さん」とは、七八年に宮司となった松平永芳氏(故人)。その直情径行ぶりは、よく知られていたという。

       靖国神社は主に戦争で亡くなった軍人を「祭神」とするが、いわゆる「A級戦犯」については、合祀に慎重な姿勢を貫いてきた。四六年から三十年余にわたり宮司を務めた旧皇族出身の筑波藤麿氏(故人)が、頑として認めなかったためだ。

       筑波宮司の長男で元早稲田大教授の常治(ひさはる)さんは昨秋、本紙に「(A級戦犯合祀について)父は『戦争の犠牲者の合祀が終了してから考えたい』と話していました」と証言。「松平さんになって方針が変わった」と話していた。

       馬場氏も「(筑波氏から)僕らが生きているうちは無理だ。宮内庁の関係もある、と言われました」と説明する。「(A級戦犯を含む合祀者名簿を)宮内庁に奏上した時『こういう方をお祭りするとお上(天皇)のお参りはないですよ』と言われたそうです」とも証言し、松平氏が、昭和天皇の意向に反して合祀を強行したことを明かしていた。

       この合祀は神社内でも公にされず、当時弘報(広報)課長だった馬場さんも報道されるまで知らなかったという。

       松平氏が、昭和天皇の「内意」を無視してまでA級戦犯合祀にこだわった背景には、戦前、皇国史観(万世一系の天皇が日本を治めることが大切だという考え方)の思想的リーダーだった元東京帝大教授平泉澄氏(故人)との関係が浮かび上がる。

       平泉氏と同郷の松平氏は戦前、海軍機関学校受験のため、東京・本郷の平泉氏宅に下宿し、その薫陶を受けていた。

       平泉氏は天皇への忠誠を唱える一方、吉田松陰の「諫死(かんし)論」を教え、たとえ主君でも、考えが誤っていたら命がけで諌(いさ)めよと説いた。その教えを受けた旧陸軍の若手佐官らは終戦に反対し、クーデター未遂を起こしている。

       「大東亜戦争は聖戦だった」という立場に立つ平泉氏や松平氏からすれば、合祀に慎重な昭和天皇は間違っており、合祀を強行することでその間違いを諌めようと考えた可能性がある。

       昭和天皇に仕えた入江相政侍従長(故人)の日記には「靖国神社の松平君が『(皇太子さまが)御成年におなりになったのだから靖国神社に御参拝になるべきだ』と言ってきた由。『そんなのほっとけば』といふ」(八〇年五月三十日)、「また靖国神社の松永(松平)宮司が馬鹿(ばか)なこと、浩宮様(皇太子さま)の御留学について反対を云(い)ってきたとか」(八三年三月十四日)との記述があり、松平氏が実際に皇室を諌めていたことが分かる。

       A級戦犯の合祀は、旧陸軍の流れをくみ、元軍人が仕切った旧厚生省援護局(現厚生労働省社会・援護局)調査課が六六年、事務次官ら幹部に断りなくA級戦犯の名簿(祭神名票)を靖国神社に送ったことに始まる。これを受けて、東条英機内閣で大東亜相だった青木一男氏(故人)ら二人の元A級戦犯がリードする神社の総代会が七〇年に合祀の方針を決定した。

       元海軍少佐で、義父が戦犯として処刑された松平氏は、合祀に踏み切るアンカー役だった。

       松平氏の父親は、終戦直後に最後の宮内大臣を務めた故松平慶民氏。「松平の子の今の宮司がどう考えたのか 易々(やすやす)と 松平は平和に強い考(え)があったと思うのに 親の心子知らずと思っている」(富田氏のメモ)。側(そば)に仕えた「忠臣」の子の意図せぬ「裏切り」は、三十年近くにわたる論争の種をまき、禍根を残した。

       ◆メモ <天皇の靖国参拝をめぐる論争>

       昭和天皇は戦後8回、靖国神社に参拝しているが、1975年以降の参拝はない。73年秋に自らの意思に反してA級戦犯が合祀されたためと考えられたが、天皇や首相の靖国参拝が憲法の定める政教分離に反するかどうかが論議となったため、という説もあり論争が続いていた。

       ◆合祀されたA級戦犯

      ・東条英機(首相、陸軍大将、死刑)
      ・板垣征四郎(陸軍大将、同)
      ・土肥原賢二(同、同)
      ・松井石根(同、同)
      ・木村兵太郎(同、同)
      ・武藤章(陸軍中将、同)
      ・広田弘毅(首相、同)
      ・小磯国昭(首相、陸軍大将、服役中死亡)
      ・白鳥敏夫(駐イタリア大使、同)
      ・梅津美治郎(陸軍大将、同)
      ・平沼騏一郎(首相、保釈直後死亡)
      ・東郷茂徳(外相、服役中死亡)
      ・松岡洋右(外相、拘禁中死亡)
      ・永野修身(海相、海軍大将、同)

      「東京新聞」2006年7月21日「核心」
      | もーちゃん | 靖国問題 | 12:24 | comments(1) | trackbacks(1) |
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        例の昭和天皇メモは捏造ではないかとの憶測もある中、26日の『報道ステーション』で、現憲法の“戦争放棄”を最初に謳ったのは昭和天皇だったというスクープが放送された。
        この両者が明らかになったことで、天皇信奉派・好戦派・改憲派には大きな痛手となるのではないか。
        | もーちゃん | 2006/07/27 10:20 AM |









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        [検証]メモ解読捏造報道確定か!?日経の昭和天皇と靖国手帳報道
        某2ch掲示板で、1日程度かけて、あらゆる角度から検証されている。いろいろと、突っ込みどころが多くてスレ自体は結構混沌としていたが(錯乱作戦実行部隊もいたんだろうけどね)その中でも、確度が高そうなものを記しておこう、捏造報道確定にはいたらないと思うが、検
        | ネット的記憶装置 | 2006/07/26 2:11 PM |
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