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“お受験”のための塾通いと夜型生活

JUGEMテーマ:ニュース


【溶けゆく日本人】眠れぬ子供たち 夜型生活の“犠牲者”

快適の代償(8)

 不眠の波は子供たちにまで押し寄せてきている。兵庫県に住む小学6年生、山本ゆかりさん(11)=仮名=は毎朝、眠くてなかなか布団から出られない。来年1月の私立中学受験に向けて夜遅くまで勉強し、くたくたになって眠るためだ。

 1日のスケジュールはこうだ。放課後、学校の門を出ると母親が車で迎えにきており、そのまま塾へ。午後9時すぎまで授業を受け、その後も難しい問題を講師に聞くなどし、帰宅の途につくのは10時すぎ。夕食は母親が用意した「塾弁」(塾で食べる弁当)で済ませている。

 帰宅後は入浴して夜食をとり、学校や塾の宿題を済ませ、翌日の用意をしてから就寝。午前0時前に寝られることはほとんどない。友達との会話についていくため、ビデオにとったテレビドラマを早送りしながら見て、床に就くのが2時近くになったこともある。

 「朝もつらいけれど、一番しんどいのは、(眠気が襲う)5時間目と6時間目の授業中。1、2時間目が体育や音楽の日は、家でゆっくり寝て3時間目から学校に行くときもある。学校に遅刻してもお母さんは怒らない。受験まであと2カ月やし…」。ゆかりさんはそう話す。

 大手進学塾によると、中学受験をする子供は首都圏では5人に1人、京阪神では9人に1人ともいい、年々増えている。子供をいい学校に入れたいと願う親にとって、今や塾はなくてはならない存在。そうしたニーズに応え、ほとんどの塾は夜遅くまで開け、車やバスでの送迎、塾弁の用意など、親と協力して受験に便利な環境を整えてきた。

                   ◇ 

 そんな子供たちが勉強時間と引き換えに犠牲にしているのが、遊びや読書、一家団欒(だんらん)の時間、そして睡眠だ。

 長年、発達障害や不登校の臨床研究を続けている熊本大学大学院医学薬学研究部の三池輝久教授によると、小中学生の場合、午前0時を過ぎて就寝する状態が長期間続くと、午後になってうたた寝をするようになる。夕方、学校から帰ってから寝るようになったら要注意だ。「睡眠不足が続くと脳機能が低下し、記憶の能力のうち、新しい情報を覚えること(記銘)が難しくなる。さらに学習意欲も低下し、体調も悪くなり、過眠型睡眠障害を伴う『小児慢性疲労症候群』という病気になることもあります」。三池教授はそう言って警鐘を鳴らす。

 昼まで眠ると、睡眠時間を補っているように見えるが、実際は体内時計が狂っていて脳機能が低下しているため、起きている間も無気力状態になりやすいという。また、睡眠障害は不登校の原因にもなるといい、三池教授らは子供に一日のうちにいつ寝ているかの睡眠表を書かせ、不登校予備軍を早期に発見する研究も進めている。

                   ◇ 

 慢性睡眠障害は乳幼児にも起きる。共働きの親が増え、夜間保育所なども整ってきたが、そうした施設に子供を預けることが“落とし穴”になる場合もある。

 三池教授のもとに、3歳7カ月の息子を連れてきた母親がいた。「(息子は)言葉が遅れ、指差しができず、コミュニケーションもうまく取れない。自閉症ではないかと言われ、心配している」という。

 母親は夜間の仕事に就き、息子は午後7時から午前4時まで夜間保育所に預けられていた。息子の睡眠表を書いてもらったところ、保育所ではゆっくり寝られず何度も目が覚め、昼間も不規則な睡眠になっていることが分かった。そこで三池教授は、息子に睡眠導入剤を飲ませ、毎夜、決まった時間に眠らせるようアドバイス。母親は仕事を辞めて指示に従ったところ、2カ月間で劇的に発達が進んだという。

 親が不規則な生活を送ると、乳幼児には夜間の睡眠が分断される「睡眠の断片化」という問題が生じる。親が立てる物音で子供が目を覚ますという場合もあるようだ。

 「睡眠の断片化も睡眠不足と同じ障害を起こします。脳の発達に影響を及ぼし、発達障害を起こすこともあります。睡眠導入剤で治らない場合は、入院して決まった時間に高照度の光をあてる治療も行いますが、一番いい治療法は家族全員で早く寝ることですね」と三池教授。

 受験勉強や親の仕事に合わせ、眠る時間が不規則になる子供たち。夜、活動するのが便利な社会になり、子供たちも大人に引きずられている。しかし人間は本来、夜行性にはなれないものだ。

 三池教授はこう話す。

 「大人の生活が夜型になっているのに、子供だけは早寝早起きを、というのも不可能な時代になってきた。そういう世の中が子供たちに睡眠障害を“発病”させているともいえます」(武部由香里)

                   ◇

 《メモ》日本小児保健協会が昭和55年から10年ごとに行っている調査によると、夜10時以降に就寝する子供の割合は55年、平成2年、12年で次のように増加した。1歳6カ月児25%→38%→55%、2歳児29%→41%→59%、3歳児22%→36%→52%、4歳児13%→23%→39%、5〜6歳児10%→17%→40%。遅寝とともに睡眠時間も減少傾向にあった。

 また、博報堂生活総合研究所が先月末に発表した「子供調査」によると、小学4年生から中学2年生までの子供が「もっと増やしたい時間」として最も多かった回答が「睡眠時間」で64.9%(複数回答)だった。

11/22 16:56 イザβ版ニュース


我が家の息子(小5)も、いわゆる“お受験組”。

月曜と水曜は17時〜19時45分、金曜日は17時〜20時45分が塾での勉強の時間。
6年生になると、月・水・金すべて17時〜20時45分になるという。

確かに家族団欒というのが少なくなり、息子は隣の部屋で勉強をしていることが多くなった。
“隣の部屋で──”とは言っても部屋の仕切りはなく、常に息子の様子が見えるし、息子も何か分からない所があれば私や妻を呼んで質問してくる。

年に一度の旅行にも行けなくなった。
夏休みと言えども“夏期講習”があり、また高1の娘の忙しさも手伝って(娘の高校でも“夏期講習”があったりする)、家族4人のスケジュールを合わせるのが難しくなったのだ。

火曜と木曜の塾のない日は、極力友達と遊ぶように言っているし、実際息子もそうしている。
塾の勉強ばかりでは息抜きができないし、学校の友達と遊ぶのも小学生の息子にとっては大事な“仕事”の一つ。
この年代にしかできないことでもあるので、遊ぶ時はしっかり遊ばせている。
(塾の先生に言わせれば、そんな時間がもったいないということになるのだろうが……。)

共働きのために、塾のある日の息子の夕食は“おばあちゃんのお弁当”。
初めは「コンビニでおにぎりでも買って食べておいてもらおうか」と渋々諦めていたのだが、それではあまりに不憫だと思った義母が弁当を作ってくれることになったのだ。
ちなみに、我が家と妻の両親の家とは“スープの冷めない距離”にあり、息子は駅への道の途中にあるその家へ立ち寄ってから、塾へ向かうのである。

平日は極力22時過ぎには寝させることにしている。
宿題が追いつかない最悪の状態でも、23時には床に就かせている。
そして朝は7時半。
小5の睡眠時間としてはギリギリのところだろうか。

このように我が家では、いくら学校や塾の勉強が忙しくても、遊びと食事と睡眠に関しては必要最小限のことをしているつもりではある。
正直な話、「息子がいつ“壊れる”か」と心配したことも幾度かあったが、それもどうにか乗り越えてきた。

あと1年余りで受験本番。
来年3月からは塾もさらに忙しくなり、息子が塾の進み具合についていけるかどうか心配だが、息子には常々こう言い聞かせている。

「もし本当にしんどくなったら、すぐに言ってね。
何もそこまで無理することはないんだから。」と。

at 17:15, もーちゃん, 学校・教育

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ケータイを使う小学生は優秀?─その根拠は???

JUGEMテーマ:ニュース


この記事の言わんとしていることが、どうしても分からない。

なぜ「塾通いの子供が防犯上、携帯電話を持たされているから」携帯電話を使っている小学生の方が使わない子より学力が上なのか???


携帯使う小学生は優秀 塾通いで持たされるから?

 携帯電話を頻繁に使っている小学生の方が、持っていない小学生よりも学力調査の成績が良いことが13日、国の調査をまとめた東京都教育庁の報告書で明らかになった。都教育庁指導部では「塾通いの子供が防犯上、携帯電話を持たされているからではないか」と推察している。だが一方で、携帯電話の出会い系サイトなどを通じて犯罪に巻き込まれるケースの低年齢化も指摘されており、持たせるべきか、持たせざるべきか、保護者の間で論議を呼びそうだ。

 調査は文部科学省が今年4月、全国の小学6年と中学3年を対象に行った「全国学力・学習状況調査」によるもので、10月に公表された結果を、都が特徴ある部分をまとめて発表した。

 携帯電話での通話やメールを「ほぼ毎日している」児童と、携帯電話を「持っていない」児童の平均正答率を比較すると、国語A・算数A(知識問題)、国語B・算数B(知識の活用問題)の4種類の学力調査すべで、「ほぼ毎日している」児童の正答率が、0・5〜3%も高かった。

 ただし、中学3年生でみると、「持っていない」生徒の平均正答率が「ほぼ毎日している」生徒よりも、0・9%〜6・2%も高かった。指導部は「中学になると携帯を持つ人が増える上、遊びで使うようになる傾向にあるのではないか」と推測している。

最終更新:12月14日8時1分 産経新聞

at 08:36, もーちゃん, 学校・教育

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日本版セサミストリート、なくなっちゃったのね…



今気付いたのだが、日本版セサミストリートが9月で放送終了したみたい。

そもそもこの“ローカライズ版”、アメリカ本国の配給元であるセサミワークショップの意向で始まったもの。

私にとっては正直つまらなかった。

やっぱり“オリジナル版”のセサミでないと……。


参考記事:Yahoo!ブログ版もーちゃんの部屋『セサミストリート』

at 10:58, もーちゃん, 学校・教育

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世田谷区立小・中学校の「教科・日本語」、反対を押し切り導入半年

一体どういう目的で「教科・日本語」が創設・導入されたのか、さっぱり分からぬ……。

確かに現行の国語の授業では、コミュニケーション能力を高める訓練(練習)は行われていないが、人との関わりの重要性を考えるとそうした訓練は大切なことかもしれない。

しかし、「深く物事を考えられるように」とか「日本の文化・伝統への理解を深めてそれらを大切にする態度を養う」などという点は、改悪教育基本法の理念を髣髴とさせるものがあり、うすら恐ろしい気がする。


世田谷区立小・中学校の「教科・日本語」、反対を押し切り導入半年

 今年度四月より区立の全ての小中学校で従来の「国語」とは別に「教科・日本語」が導入され、半年を経た。
 10月24日に「2007年秋の教育研究集会」が世田谷区教職員組合などの共催で開かれ、一都民として<教科「日本語」分科会>に参加、現場の教員の報告を聴き多くの問題があることを改めて認識した。
 分科会では「世田谷区教職員組合・教科日本語プロジェクト」による中間報告A4判23頁の詳細なレポートが
<アンケート調査から見えてくるもの>
<教科「日本語」の授業を行ってみて>
<ここが間違い! 教科「日本語」>
の内容で出された。

 行政の動きは、
2003年「美しい日本語を世田谷の学校から」を打ち出す。
2005年教科「日本語」創設を柱とする「構造改革特別区域研究開発設置授業」申請
2007年教科「日本語」が導入される。

 教科「日本語」のねらいは
1 深く考える児童の育成
2 自分を表現する能力やコミュニケーション能力の育成
3 日本の文化や伝統に対する理解を深め、それらを大切にする態度の育成
 とされている。

 問題点は
<教科「日本語」の教科書は多くの人の手や思いを経ずして作られ配布されたもの。>
<「国語」との違いはなく特性がない>
<トップダウンで導入が推進され、必要性の論議がなされなかった>

 8月には行政主導によるシンポが開かれ、教科書の音読と暗誦を繰り返させられてきた子どもたちの感想が紹介された。
 そこには
「日本語のすばらしさが分かりました。日本人らしく堂々としていきたいと思いました」
「日本語を学んで日本の美しさを身につけていきたい」
と早くも「日本文化」の賛美が意識化された感想がピックアップされていたという。
 
 扶桑社の「歴史」や「公民」を元々客観情勢として採択し得なかった世田谷区は、従来の教科「国語」にひそむ「ナショナル・ヒストリー」を補強、あるいは超える「教科・日
本語」の導入・推進を進めていたのである。
 現場で押し付けられている教員の苦闘を孤立化させないためにも、この秋から冬にかけ、「教科・日本語」の問題点を明らかにし推進をストップさせる集会の開催が求められている。
 アベの「美しい日本」は破綻したが、人口80万人の世田谷が推進した「教科・日本語」の他地域での導入・拡大が図られて行くことを阻止するためにも。

[AML 16519]より転載

小中学校の新しい教科「日本語」に期待

 教育特区の東京都世田谷区で今年4月から新しい教科として「日本語」が始まりました。世田谷区では、2004年に特区事業として「美しい日本語特区認定」を総務省から受けましたが、その延長線上に今回の教科「日本語」の開始があります。

 教育指導課によると、教科「日本語」のねらいは次のようなものとされています。

1.深く物事を考える児童・生徒を育成する。
2.自分の考えを表現する力や、他人とのコミュニケーション能力を育てる。
3.日本の文化や伝統への理解を深め、それらを大切にする態度を養う。

 これまで日本の小中学校おいて、「考える教育」「コミュニケーション教育」という観点が薄かったことへの反省があちこちで起こっています。実は、外国人に日本語を教える日本語学校では、ずっと以前から「自己表現」「他者と伝え合うこと」を重視した教育を行っているのです。「考える教育」「コミュニケーション教育」は、まさに日本語学校における教育そのものです。もちろん日本語能力試験や大学受験のため、詰め込み教育をやっている教育機関がないわけではありません。しかし、知識偏重に陥ることなく、「言葉は文化」という視点から授業を行っているのが、日本語学校です。

 最初にあげられている「深く物事を考えること」は、「批判的思考(クリティカル・シンキング)から生まれます。日本語では「批判」は、あれこれ悪い点をあげつらうことのように考えられていますが、そうではなく物事を精査し、評価・判定することを意味します。「当たり前」と思っていることを、また違った視点から見つめ直し、批判的に物事を見ることが大切です。さまざまな国・地域から集まってきた留学生たちが学ぶ日本語学校は、まさに異なる価値観の宝庫であり、そこではこれまで「自明のこと」と思ってきたことそのものを問い直すことが常に求められています。

 2番目に挙げられている表現力や他者とのコミュニケーション能力は、日本人が苦手とすることの一つです。「伝える」のではなく「伝え合う」という視点が大切です。ちょっと皆さんも次の5つの点について、ご自分の日本語運用能力を振り返ってみてください。

○簡潔・的確・平明に自分の言いたいことを表現する能力
○場や人間関係に対して適切な語彙や表現を使う能力
○相手から目的に応じた情報を聞き出す能力
○相手が伝えたいことを正しく聞き取る能力
○相手の発話に対して的確に応じて表現する能力

 私は、常日頃日本語教師に対して「留学生のコミュニケーション能力のことをアレコレ言う前に、まずは自分自身の運用能力の実態を知ることが大切だ」と言っています。

 3番目の日本文化を学ぶ際に忘れてならないのが、歌舞伎、能、相撲といった伝統文化だけではなく、その背後にある「日本人の物の考え方」を知ることの重要性です。外国人が日本語や日本文化を学ぶ目的は、日本を理解するためだけではありません。むしろ、自文化と異なる文化を学ぶことで、自文化をよりよく理解し、またその文化を支えている存在としての自分自身をよりよく見つめることにつながります。

JANJAN 2007/05/04 より一部抜粋

at 12:43, もーちゃん, 学校・教育

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目的外使用増加で奨学金予算削減へ─文科省

「奨学金を電話代や海外旅行費など勉学以外の目的に費やす」連中のおかげで、文科省の奨学金予算が削減されるという。

目的外使用者に対して何らかのペナルティーを与えればいい訳で、何も予算そのものを削減することはなかろう。

そんなことをして困るのは、本当に奨学金を必要としている学生(と保護者)たちである。

しかしながら、その審査基準が年収1344万円以下とは、あまりにも甘すぎ。

それだけの収入があれば、普通の暮らしをしていれば子どもの一人や二人を大学に通わせるのは簡単だろう。

基準を見直して(800万円くらいでいかが?)、本当に必要な人たちに奨学金が行き渡るようにしないといけない。


奨学金予算削減へ 回収不能2000億円/遊興費に転用増え…

 財務省は28日、来年度予算で文部科学省の奨学金事業予算を削減する方針を固めた。奨学金を遊興費に転用する学生が目立ち、苦学生支援という奨学金本来の意味が薄れつつあると判断している。奨学金を返さず、回収不能に陥った延滞債権総額も急増、平成18年度には2000億円を突破しており、財務省では新たな保証制度の義務化も迫る構えだ。

 文部科学省は来年度予算の概算要求で、奨学金関係予算として前年度を約210億円上回る1439億円を計上した。

 奨学生数は、19年度で全国の大学・短大生の3分の1に当たる114万人に膨らんでおり、奨学生数の拡大を背景に奨学金関係予算は年々増加している。

 ただ、財務省は奨学金が「必ずしも苦学生でない人も対象に入っている」と指摘。無利子奨学金に比べて審査基準が緩い有利子奨学金まで含めると、年間所得が1344万円以下の世帯が対象で、大学生などの子供を抱える世帯の約8割が条件に当てはまる。審査の学力基準も緩く「手を挙げた人はだいたい奨学金がもらえる」(主計局)のが現状だという。

 財務省によると、奨学金を電話代や海外旅行費など勉学以外の目的に費やす奨学生が増加傾向にある。これに対して勉学費や書籍購入費は大幅に減少しており、財務省は奨学金が勉学よりも娯楽に振り向けられているとみている。

 一方、貸し出した奨学金が回収不能に陥るケースも急増している。

 18年度には延滞債権総額が2000億円を超え、15年ほどで約3倍に膨らんだ。旧日本育英会の奨学金事業を引き継いだ日本学生支援機構が回収を進めているが、18年度に回収を行った1万件のうち、約半数の4395件は居所不明などの理由で未回収のままだ。

 このため、財務省は奨学生に対する機関保証の義務化などを検討している。奨学生が毎月一定額の保証料を日本国際教育支援協会など保証機関に支払うことで、返済が滞った場合、保証機関が本人に代わって返済する制度を導入することにより、同省は未回収リスクを回避できるとみている。

 文科省は「事業費の不足で、貸与の条件を満たしていても奨学金を受けられない学生が毎年いるのが現状」として予算増額の必要性を強調するが、財務省は「納税者に説明できるとは思えない」として削減方針を固めている。

10月29日8時0分配信 産経新聞

at 12:17, もーちゃん, 学校・教育

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【転載】「日本の教育」と「フランスの教育」の比較

「日本の教育」と「フランスの教育」の比較(上)
フランスでは公立の幼稚園から大学まで無料です
山崎 康彦(2007-09-28 15:30)

 私はいわゆる団塊の世代で、1970年安保を全共闘で闘い、その後フランスに留学し、14年間フランスで暮らした経験があります。

 今の日本の教育を見ていますと、国家が決めた価値観になじまない生徒と先生方を排除し、いわゆるおとなしいエリートのみに絞って予算を使い、その他は相手にしないという方向性が露骨になっていて、大変危険なことだと思われます。

 日本では余り知られていないフランスの教育と比較しながら、日本の教育の問題を考えていきたいと思います。

大学入試なし、授業料は無料──フランス

 私の息子2人は、フランス生まれでフランス国籍を持ち、フランスで教育を受け、パリで生活しています。長男は今年27才で、パリの東洋語学校(ラングゾオー)日本語学科の大学院修士課程を、2006年に卒業して、今は、フランス語、日本語、英語を使って、ビジネス・インテリジャンスという新しい分野の仕事に就いています。

 ビジネス・インテリジャンスは、マーケティングの中の、企業や海外投資や金融などある特定分野に絞った、より深い情報収集や調査、分析する仕事で、4〜5年前に誕生した新しい仕事のようです。

 次男は26才で、パリ大学ジュスュー校大学院修士課程の最終年学年に在学中で,2008年6月に卒業する予定です。

 子供2人が世話になり、私自身も30数年前に、ディジョン大学に1年間だけお世話になりました。フランスの教育と比較して、現在の日本の教育の問題点を述べたいと思います。

 フランスはご存知のように、日本のような高校入試、大学入学試験がありません。公立高校の数が、中学校と同じくらい多いので、高校へは無試験で入学できます。

 フランスの大学進学は、バカロレアという高校卒業資格試験が、毎年6月に高校3年生を対象に全国一斉に実施され、バカロレアに合格すれば、大学の定員内であれば、フランス国内にあるどこの大学のどの学部にも登録できます。

 しかし、登録はできますが、大学での進級は非常に難しく、学部にもよりますが、100名入学しても卒業できるのは、そのうちの20名くらいです。

 日本の大学のようにアルバイトなどする時間はなく、学生たちは皆必死になって勉強しています。

 日本では余り知られていませんが、フランスでは、幼稚園から大学までの教育は、ほとんど公立学校で行われ、しかも授業料が無料です。大学の授業料までも無料とは本当にすばらしいことで、私を含めてフランスの親達は、この制度で大いに救われています。

 フランスの私立学校は、高い授業料を払えるお金持ちが行くカトリック系やインターナショナル系学校が主で、数は多くはありません。

 フランスの公立小学校、公立中学校は、教科書、文房具などもすべて無料です。毎年新入生には、文房具やランドセルを買う為の費用が国から支給されます。給食費は、国からの援助があり、所得によって支払う額が異なりますが、満額払っていてもそれほどの負担にはなりません。

入学試験と高い授業料──日本

 日本では、私立中学、高校、大学への進学はすべて入学試験があります。入学の門戸をわざと狭くし、難しい問題を出して学生を競争をさせることで、学校の名声と高い授業料を払わせる仕組みが出来上がっています。

 また日本では、公立高校や公立大学の数が生徒数と比較して圧倒的に少なく、多くの学生が、授業料の高い私立高校や私立大学に進学せざるを得ない仕組みが出来上がっています。

 日本の多くの保護者は、受験生を落とすために、わざと難しくした入学試験の突破の為に、子供を小学校の時から塾に通わせ、高い授業料を払わされています。

 進学塾や予備校がこれほどまでに乱立し、一大産業になっているのは日本しかありません。東大受験で有名な、駿台予備校の年商が300億円といわれています。日本全体の塾、予備校などのいわゆる受験産業の規模は、いくらぐらいになるのでしょうか? おそらく1兆円くらいではないでしょうか? 

 韓国や香港も受験競争がはげしく、塾や予備校が盛んですが、日本ほどの規模にはなっていないと思います。

 塾や予備校がますます肥大化するにつれ、公立中学、公立高校の授業自体が予備校化して、塾や予備校に行かないと、学校の日々の授業についていけない状況を作り出しています。

 自民党の政治家と文部科学省の官僚と学者が、財界の要望を取り入れて一方的に決めた学習内容と学習量(いわゆる教科書検定と指導要領)を消化するために、特に公立中学、公立高校の現場の先生達は、生徒が理解していようといまいと、教科書のノルマを果たす為に速いスピードで授業をすすめざるを得なくなっています。

 その結果、大部分の生徒達は、学習内容を理解できず、取り残されているのが実情です。塾に通う生徒は、学校で理解できなかったことを塾で習い、学校の授業についています。塾に通わない生徒たちは、日々の授業についていけず、先に進めば進むほど理解不能が加算され、落ちこぼれがひどくなっていきます。

 ある調査によると、日本の小学校6年生の10人に1人、中学生の4人に1人は、うつ状態という結果が出ています。

(下に続く)

【編集部注】 タイトルが(その1)となっておりましたが、(上)に変更しました。(2007/10/16 0:36)

* * * * * * * * * *

「日本の教育」と「フランスの教育」の比較(下)
根本からの大改革が必要ではないだろうか
山崎 康彦(2007-10-16 07:00)

子供を不幸にする日本の教育
 
 前回の私の記事(上)に対して、色々なコメントをいただきました。
  
 その中に、英語塾を10年やっておられる方から、

 「塾に通って来る子供の表情が皆暗い。小中あたりは一番無邪気で、楽しい時代のように思われるのですが、くらーい顔をしています。中学3年生が1番暗かったですね、やはり受験の影響でしょうか」

とのお話がありました。
 
 私は、小学生、中学生の勉強補助と生活相談を6年以上していますが、私の知っている中学3年生の女子は、精神安定剤を飲みながら学校に通っています。精神安定剤を飲むと、一時的には不安やイライラが減少しますが、反動として眠くなったり、反応が鈍くなったり、記憶が飛んだりします。

 できるだけ飲まないように言っているのですが、どうしようない日が、週のうち2、3日はあるようです。学校のない土、日曜日は飲まないで済むようです。
 
 長年子供達の悩みの相談と問題解決に関わってこられた「夜回り先生」の名で知られる水谷修さんは、「リストカットなどの自傷行為に走る子供達は、おそらく全国で100万人以上いるだろう」と言っておられます。

 受験競争を勝ち抜く為の教育に変質してしまった現在の日本の教育は、子供達に過度の負担とストレスを与えています。攻撃的な子供は、弱い子やおとなしい子や個性的な子供をターゲットに、嫌がらせやいじめを仕掛けて、自らのストレスを一時的に解消します。

 やさしくて他人を攻撃できない子供は、精神安定剤を飲んで心のバランスを保とうとしたり、自らの体を傷つけることで、パンパンに膨張しきった心を一時的に癒したりします。
   
 更に不幸なことに、子供の抱えているこのような深刻な事態を、敏感に感じ取る大人が極端に減っています。ほとんどいない位で、子供は誰にも相談できず、1人でに苦しみ続けます。

 親は親で、日々の生活に追われ、子供の教育を学校と塾に丸投げしているので、子供の成績には関心があるが、肝心の教育の内容には無関心です。子供が発する悩みのシグナルに、鈍感になっています。
   
 学校の先生は、子供に向かい合う時間が無いほどの雑務に追われて、個々の子供が抱えている問題に充分対応できていません。
   
 この現実は一体、何なのでしょうか?

他の選択肢が用意されていない日本の教育制度
 
 (上)で私が言いたかったことは、門戸をわざと狭くして、生徒を競争させる日本独特の受験制度は、教育全体をゆがめ、落ちこぼれや病む子供を増やすだけであること。

 このばかばかしい試験制度を即刻廃止して、フランスのバカロレアのような、ある一定基準の学力を獲得している進学希望者は、全員入学できる制度に早急に改めるべきだということです。
  
 良い学校=良い会社=良い生活という、経団連の大企業経営者や自民党文教族、文部科学省の役人と御用学者や御用評論家が勝手に決め、マスコミが無批判に宣伝した価値観を元に、日本の教育は国家主導で行われています。

 戦前の国家による天皇制軍国主義教育の反省から、1948年に教育行政の地方分権、民主化、自主性の確保を理念として、各自治体に教育委員会が設置され、国家権力の教育への直接的な干渉を排除する制度ができました。
 
 1956年の教育委員の公選制から任命制への転換を契機に、国家の直接関与が露骨になり、現在では文部科学省の忠実な下部機関として、各学校への細かい管理・指導・監督を行っています。
   
 受験競争に打ち勝ち、良い学校に入れば1流企業に就職でき、豊かな生活が一生保証されると言う、もはやどこにも通用しない、夢物語の価値観を強制して、子供と親を競争に駆り立てているわけです。
   
 他の選択肢が用意されていないため、日本の親は嫌がる子供の尻をたたき、学校が終わってからも塾に行かせて、夜遅くなるまで勉強させているのです。
  
 他の価値観、たとえば、ほどほどの経済力があればよい、自分の好きなことで生活ができ、家族や友人との関係を大切にし、他の人の運命や周りの環境により関心を持ちたいと言う価値観は、評価されません。
 
 そのような価値観を持っている人は、我々の時代は「ヒッピー」と呼ばれていましたが、今では、落ちこぼれ、引きこもり、二ートと呼ばれ、働く意欲のない社会的不適格者とされてます。
  
 日本の教育には、他の選択肢が用意されていないため、親は脅迫観念で子供を受験競争に追いたて、塾や私立学校の高い授業料や入学金を払わされているのです。
   
 お父さん、お母さん達は、まともな教育(理解できる教育、楽しめる教育、安い教育)を受ける権利を求めて、自ら決起するしかないと思います。
 
フランス人の第2の価値観
 
 フランスにも、当然ながら、グランゼコールを卒業するようなスーパーエリートが存在し、フランスの政界、官界、財界、マスコミ、研究機関の主流を形成しており、エリート独占の弊害を「フランス病」と批判されています。

 しかしながら大部分のフランス人は、人生を楽しむ第2の価値観を持っている人が圧倒的に多いと思います。
   
 それゆえに、門戸開放型の入学制度や教育の無料化と共に、医療費の無料化、出産費用と検診料の無料化、出産祝い金の支給、手厚い児童手当や住宅手当、失業保険、週35時間労働、最低賃金制(スミック)、労働契約の義務化、労働組合の義務化、年5週間の有給休暇(ヴァカンス)など、世界最高レベルのセイフテイーネットを張り巡らした社会を実現してきました。

 他方、フランスは人種や階級への差別が根深く残る社会であり、失業率の高さや犯罪率の高さなどの問題を抱えています。
   
 特に全人口の2割以上を占める、旧植民地からの移民労働者への差別問題が大きくなっています。移民労働の2世、3世の若者への社会的、経済的差別が原因で、3年前には全国に広がる暴動事件が発生しました。
   
哲学を重視するフランスの教育  

 フランスの教育で1番重視されているのが、文科系、理科系、社会・経済系を問わず、フランス語と哲学です。

 たとえば、今年6月のバカロレアの文科系の哲学の問題が、下記の3つのテーマで、この中から1つ選んで記述するわけです。記述時間は4時間以内です。

◇ すべての自覚は開放的でありうるのか。

◇ 芸術作品は、他の事象と同様に現実的であるのか。

◇ アリストテレスの『随意正論(Ethique a Nicomaque)』のテキストを元に、責任について語れ。

 日本の試験では、途中経過を無視して最終回答が正しければ由としますので、暗記力重視の丸暗記教育となるのに反して、フランスの試験では、結論に至る思考過程や論理構成を評価する、自ら考えさせる教育方法を基本としているのが分かります。
  
 マークシートの答えを、コンピュータで集計する日本の試験と比べますと、フランスでは、先生が30万人のバカロレア受験生が4時間かけて書いた論文を、1つ1つ読んで論評し評価する訳です。このこと1つを見ても、フランスの教育の奥の深さを感じます。

フィンランドの教育の特徴 
   
 3年に1度OECD加盟国の15才の学生を対象に、読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシー、問題解決を調査する「学習到達度調査(PISA)」が2000年に開始されました。
 
 2003年のPISAで学力世界1と評価されたフィンランドは、1992年に国の「指導要領」を大幅に削減し、1994年には「教科書検定」を廃止し教育内容と教育の量の決定権を各学校に移管しました。

 すべての教師が、教育学部大学院で教授法の専門教育を受け、年間の教育プログラムと教育内容を自ら決めて分かる教育、落ちこぼれを出さない教育、楽しい教育を実践しました。

 PISAの調査結果に関して、フィンランドの教育に詳しい中嶋博・早大名誉教授(81)は以下のような見解を話されています。

◇ 義務教育世界一と言われるフィンランドは、授業時間が日本より少ない(下記資料参照)。総合カリキュラム見直しでは『ゆとりの時間』が増やされる。
   
◇ 日本の文部科学省が2003年のPISAの調査結果を受けて、「日本人生徒の学力の低下は、ゆとり教育に原因があり総合的学習の見直しが必要だ」との分析は間違っている。決して学力は落ちていない。

◇ 日本や韓国が高得点をあげていた従来の国際調査は、詰め込まれた知識量をみるものだった。それを見直して、生涯にわたって学習する能力を身につけているかどうかをみるための指標として始まったのがPISA。

◇  暗記や暗唱が中心の教育に戻したり、授業時間を増やしたりする方法では、日本の教育が抱えている課題は解決できない。

◇ 授業の組み立て方や教科書の選定など、教育内容の大部分を現場の裁量に任せたのがフィンランドの教育制度。
   
◇ 「落ちこぼれをつくらないというだけでなく楽しんで学ぶこと」がフィンランドの教育の特徴。


【年間平均標準授業時間の比較】

           日本   フィンランド

7〜8歳    709時間   530時間

9〜11     761時間   673時間

12〜14    875時間   815時間
 
日本の教育の未来
   
 教育本来の目的は、バランスのとれた、広く深く考えられる人材を育成し、他人の価値を認め共に協力し合って皆が豊かに安心して暮らる社会をつくれる人材を育てていくことだと思います。
   
 天然資源も無く、狭い国土に1億2500万人が暮らしている日本には、幸いなことに、勤勉で優秀な「人材」と世界に誇れる「平和憲法」があります。
    
 「哲学を重視し自らの頭で考えさせるフランスの教育」と「落ちこぼれをつくらず、勉強の楽しさを教えるフィンランドの教育」を手本にしながら、子供を受験競争に駆り立て、親にお金を使わせ、国家の価値観を強制する現在の日本の教育は、日本人を不幸にしています。
     
 今こそ、本来の教育を子供と保護者の手に取り戻す大きな運動が必要と考えます。
   
 小規模ながら私が6年間実践してきました、子供の基礎学力を身につける「土曜勉強会」と基礎体力を作る「水泳教室」は、自分のボケ防止と体力増進にうってつけですが、何よりも子供達の成長を見られる大きな喜びがあります。

 お金と時間のある多くの団塊の世代の方々に、是非始めていただきたいと思います。 (了)

OhmyNews 2007年10月11日、16日

at 12:36, もーちゃん, 学校・教育

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「道徳」教科化見送りへ─中教審

安倍の辞任の影響もあってか、「道徳」の教科化が見送られることとなった。

当然と言えば当然で、「道徳は子供の心にかかわるもので」あり、一人ひとりの価値観の違いを尊重されねばならないからだ。

しかしながら、昨今の日本人の道徳や倫理観の荒廃ぶりは凄まじいものを感じる。

例えば「できちゃった結婚」。

本来なら、きちんとした婚姻関係が成り立った上で──戸籍上の婚姻関係を言っているのではない。私は戸籍制度に反対の立場である──子どもができるはずなのに、欲望に耐えられずに軽はずみな行動の結果の責任を取る(?)形で結婚するというのは間違っていないか。

恥ずかしげもなく宣言する者もする者なら、それを手放しで祝福する方もする方である。

もちろん、できちゃったからには結婚すべきだと思うが、いつからこのように堕落した行為が容認され、祝福までされるようになったのか。


<道徳>教科化を見送り…中教審方針

 中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)は18日、政府の教育再生会議が提言していた道徳の教科化を見送り、改定作業を進めている次期学習指導要領ではこれまでと同じ位置づけにする方針を固めた。また、再生会議は道徳を名称変更し、「徳育」とすることも求めていたが、中教審は名称変更も見送る方針。20日の専門部会に提示する。

 道徳は現在、小中学校で年34〜35時間割り当てられており、国語や算数などの教科ではなく特別活動や総合的な学習の時間と同じ位置づけ。教育再生会議は6月の第2次報告で、徳育への名称変更と、教科としての扱いを提言していた。

 文科省も中教審委員と協議した結果、教科化した場合は検定教科書の作成や児童・生徒への評価が必要になることから、「道徳は教科に成りえない」と判断した模様だ。

 中教審の専門部会がまとめる検討素案では、道徳教育の充実が明記される。ある中教審委員は「教科化にこだわった議論ではなく、子どもたちの道徳心を高めるための実質的な論議をしたい」と説明しており、小学校での自然体験や中学校での職業体験のほか、高校での奉仕活動なども論議される見通しだ。

 専門部会では、道徳は学校活動の全体で教えていくもので個別の教科として指導することに疑問の声が出ていた。教科化見送りは、安倍晋三首相が辞任を表明し、教育再生会議の影響力低下の可能性が高いことが背景にあるとみられる。【高山純二】

最終更新:9月18日23時26分 毎日新聞

道徳教科化見送り、心の問題「なじまず」…中教審方針

 今年度内の改定が予定される学習指導要領で、中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)は、小中学校の「道徳」の教科化を見送る方針を固めた。

 「道徳」は現在、正式な教科ではないため、政府の教育再生会議が今年6月の第2次報告で教科への格上げを提言していたが、中教審は「道徳は子供の心にかかわるもので、教科書を使って教え込むものではない」と判断した。

 現行の学習指導要領では、小中学校がそれぞれ週1コマ程度の「道徳」の時間を設け、文部科学省が配布している副教材「心のノート」や民間の教材会社などが作成した副読本やビデオを使って、「思いやりの心を持つ」「生命を大切にする」といった内容が教えられている。ただ、正式な教科ではないため、教科書はなく、5段階評価などの数値評価も行われていない。

最終更新:9月19日3時8分 読売新聞

at 12:44, もーちゃん, 学校・教育

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中学校で武道必修化か

もう四半世紀ほど前の話になるが、私が通っていた公立高校でも当時体育の選択必修として柔道を取らざるを得なかった。

もとから格闘技嫌いの私は、その授業が憂鬱でもあり苦痛でもあった。

しかも真冬だったので、これまたもともと足の指にしもやけができやすい体質だったので、そういう点でもかなり堪えた。

改悪教育基本法に掲げられた「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する態度を養う」ことの実現の一環だそうだが、その裏に隠された意図は一体何か。

また、思想・信条によって格闘技を拒む選択肢を生徒に与える配慮はなされるのかどうか。


<中央教育審議会>「武道」必修化を大筋了承

 学習指導要領の改定作業を進めている中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)の専門部会は4日、中学校の保健体育で選択必修になっている武道(柔道、剣道、相撲など)を1、2年生の男女を対象に原則、必修化することを大筋で了承した。昨年12月改正の教育基本法に盛り込まれた教育目標「伝統と文化の尊重」の実現を目指す。

 この教育目標は「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する態度を養う」といういわゆる「愛国心」表記として、賛否を呼んでいた。

 専門部会は、武道の必修化は教育目標と一致するとともに、子供の成長過程を考えると、中2までは、男女ともに複数の競技を体験させるのが望ましいと判断した。

 現行の学習指導要領では、中1が武道かダンスのいずれかを選択。2、3年生は球技、武道、ダンスのうち二つを選択することになっており、男子でもダンスを行うケースがあるという。

 文科省が公表した来年度予算の概算要求でも、教員の武道の指導力向上などを目的に、地域の道場や体育系大学と連携などを行う新たなモデル事業に約5000万円を計上するなど「武道重視」の方針が打ち出されている。【高山純二】

最終更新:9月4日20時17分 毎日新聞

男子も女子もダンス・武道…中学体育で必修案

 中央教育審議会の専門部会は4日、今年度内にも改定を予定している学習指導要領で、中学校の保健体育の授業の中で、武道とダンスを男女とも必修とする案をまとめた。

 幅広い競技を授業で教え、子供たちに生涯楽しめる運動を見つけさせるためで、武道には礼儀作法を身につけさせる狙いもある。

 中教審は、昨年12月に改正された教育基本法で、教育の目標に「伝統と文化の尊重」が掲げられたことから、「武道は日本の伝統や文化を知るために役立つ」と判断。1、2年時に水泳や陸上競技、ダンスなどとともに教えることにした。

 新指導要領は早ければ2011年度から実施される予定。

最終更新:9月4日23時20分 読売新聞

武道とダンス―必修にまですべきなのか

 中学校の保健体育では、男女を問わず、柔道や剣道、相撲などの武道とダンスを必ず学ばせる。

 そんな方針が中央教育審議会の専門部会でまとまった。早ければ11年度から始まるという。

 柔道や剣道が大好きな女子はたくさんいる。日ごろからダンスを楽しんでいる男子も少なくない。しかし、男子も女子もみんな武道とダンスをしなければならないとなると、どんなものだろうか。

 いまの学習指導要領では、必修の陸上競技や器械運動などのほか、1年生は武道とダンスから一つを選び、2、3年生は武道、ダンス、球技から二つを選択する。球技に加え、男子は武道、女子はダンスを選ぶのが一般的だ。

 それが1、2年で武道もダンスも必修になる。昨年、約60年ぶりに改正された教育基本法に背中を押されたことが大きい。「伝統と文化の尊重」が盛り込まれたため、専門部会では「武道を必修にすべきだ」という意見が出ていた。

 専門部会の方針でも、「武道の学習を通じて我が国固有の伝統と文化に、より一層触れることができるよう指導の在り方を改善する」と述べられている。

 もちろん、日本の伝統と文化に触れることは大切だ。しかし、それがただちに武道を学ばせることにつながるのだろうか。伝統や文化と一口に言っても、さまざまなものがある。武道を必修にして全員に教えれば、伝統や文化が身につくというほど単純なものではあるまい。

 ダンスを必修にしたのは、武道とバランスをとったのだろうが、これもいささか安易ではないか。

 それにしても、学習指導要領で体育の必修の種目まで細かく決める必要があるのだろうか。幅広く教えたいという気持ちはわからないわけではないが、あれもこれもと詰め込まれては、子どもは消化しきれまい。文部科学省は大枠を示すにとどめ、具体的な選択は教育委員会や学校に任せてはどうだろう。

 文科省や中央教育審議会には、もっと心を砕いてほしいことがある。

 今回の専門部会の方針でも、スポーツをする子とそうでない子に二極化している傾向や体力の低下が指摘されている。

 とりわけ、「体育嫌い」といわれる子どもが増えているのが気になる。体育の場合、うまくできないと、クラスの中で恥ずかしい思いをすることが少なくない。それがきっかけでスポーツから遠ざかってしまうケースも聞く。

 苦手なことでも頑張れ、と教えるのは大切だが、それでスポーツ嫌いが増えたのでは何にもならない。学校の体育は、体力を高めるとともに、スポーツに親しませるのが大きな狙いだ。

 スポーツは楽しい。家に閉じこもってゲームをするより、体を動かすことの方がずっと気持ちがいいんだ。

 まず、そのことを子どもたちが実感できる授業への道筋を工夫してほしい。

asahi.com 社説 2007年09月06日(木曜日)付

at 08:40, もーちゃん, 学校・教育

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「つくる会」教科書、新たに中高一貫校5校で採択─都教委

「つくる会」は分裂したものの、その“遺産”は東京都によって受け継がれている。

中高一貫校5校で新たに採択された。


「つくる会」教科書を採択=中高一貫の5中学校−都教委

 東京都教育委員会(木村孟委員長)は26日の定例会で、来春から都立中高一貫校の中学校5校で使う歴史、公民の教科書として「新しい歴史教科書をつくる会」が主導して執筆した扶桑社版を全会一致で採択した。都立学校では既に、一部の特別支援学校や中高一貫校で同社教科書を採択済み。今回は来春開校の中高一貫校2校で歴史などの教科と、昨年度開校の3校で新3年生が使う公民について、都教委が選ぶことになっていた。 

7月26日13時2分配信 時事通信

<教科書>「つくる会」の扶桑社版、都立5校で使用採択

 東京都教育委員会は26日の定例会で、08年度に都立中高一貫校5校が新たに使う歴史と公民の教科書について「新しい歴史教科書をつくる会」(つくる会)のメンバーが執筆した扶桑社版の採択を決めた。

 歴史を採用するのは、08年度にそれぞれ開校する立川国際中等教育学校と武蔵付属中の2校。公民は、同年度に初めて3年生が出る桜修館、小石川の両中等教育学校と両国付属中の計3校。

 都教委は現在、中高一貫校3校の歴史と、中高一貫校1校と特別支援学校中学部19校の歴史と公民に、同社版教科書を採択している。

7月26日13時24分配信 毎日新聞

at 17:24, もーちゃん, 学校・教育

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【転載】子どもの心を蝕む点数至上主義−−都教員が語る「学校教育のいま!」

 近年、「学力低下」論など教育問題への関心の高まりとともに、子どもたちを取り巻く状況が目まぐるしく変化している。政府は「教育改革」を声高に叫び、関連法案の成立や学習指導要領の見直しなどを押し進めてきた。しかし、最もこの「変化」の影響を受けるのは、教育の受け手である子どもたちということを忘れてはならない。今、教育の現場で何が行われ、子どもたちはどのような状況にさらされているのだろうか。

 「日の丸・君が代」の強制など、教育に関しての締め付けがもっとも厳しく行われている東京都。その公立学校に勤務する教員が現場の状況を語るパネルディスカッション「学校教育のいま!−いじめ・不登校から学力テスト・学校間格差まで」(日本キリスト教団東京教区北支区教育部、同社会部、同信濃町教会社会委員会主催)が7月13日、東京・新宿区の同教会で開催された。パネリストは長谷川和男(前小学校教員、前杉並区教職員組合委員長)、片桐健司(小学校教員、障害児を普通学校へ・全国連絡会運営委員)、岡田明(都立高校教員、「日の丸・君が代」強制反対・予防訴訟原告)の3氏。司会は飯島信氏(中学校特別支援学級教員、日基教団・池袋台湾教会伝道師)。

 足立区の中学校に勤務する飯島氏は、昨年4月に同区で実施された学力テストで不正が行われていた問題に触れ、「今回の問題は、学力テストの成績によって各学校への予算配分に差をつける、教育の体制に問題があると思う。近年、教育が大きく変わってきているのを感じる」と問題提起をした。
 今年3月で定年退職し、現在は中学校の不登校学級などに勤務する長谷川氏は、37年間の小学校教諭の経験から、子どもたちを取り巻く環境の変化を次のように語る。「最近では、『優秀』と言われている子が『荒れている』クラスの中心にいる。昔では考えられないことです。私は、競争主義が子どもの心を蝕んでいると感じています」。学区ではなく自分で行きたい学校を選べる学校選択制や学力テストが導入され、子どもたちが分けられる状況が起こっているという。

 しかし問題は、それらが子どもたちのためにではなく、教育委員会が学校を管理するために行われている点にあると片桐氏は指摘する。「校長は、入学者の数が自分の成績になると考える。自分の学校にいかに子どもを集めるか、ということに必死になってしまう」
 岡田氏は、教員の間の意識の分断が進んでいると指摘する。「統括校長、副校長、主幹などが新たに導入されて階層化されることにより、教員の団結の場をなくしていくことが都教委のねらいの一つ。教員が競争の場にさらされ、なぜ先生を目指したかという『志』の部分を押し殺していかないと生きていけなくなってきている」
 片桐氏は「教員は書類によって管理され、教育活動で本当に必要な時間、子どもといっしょに過ごす時間が取れなくなっている」と言う。
 そうした中では、点数至上主義になりつつある今の教育に対抗していくには、教員だけの力では難しい。長谷川氏は「昔なら『過度の競争はいけない』と、保護者・世論が声をあげていたが、今はいっしょになって子どもを競争の中に投げ込んでしまっている。子ども自身に目を向けずに、『どのような評価を受けるか』ということが教育を動かす原理になりつつある。教員、保護者、地域の人と結びついて団結していかなければ対抗していけない」と語る。
 片桐氏は「学力が高いのがいいことで、低いことは悪いこと、というのが学力低下論の問題。学力が低くてはいけないのか? 学力が低くてもその子は一生懸命生きていて、私たちはそこに目をつけなければいけない。いろんな子が助け合って育っていくのが子どもたちの能力であり、生きる力ではないかと思います」と、今の教育の問題点を訴えた。

「クリスチャン新聞」2007年07月29日号より転載

at 18:44, もーちゃん, 学校・教育

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