もーちゃんの部屋

日本のアブナイ政治屋たちによる右傾化を憂える記事が多いけれど、本当はキリスト教信仰やBCL、昔習っていた電子オルガンにまつわる話などを書きたいと思っています。

憲法は、国民が国家の暴走を食い止めるためにあるのです。国家が国民を統制するためのものではありません!
憲法・教育基本法の改悪と共謀罪、ホワイトカラーエグゼンプションの新設、原子力政策、特定秘密保護法、TPPに反対します!
人前での喫煙は殺人、吸い殻のポイ捨ては放火と同罪です!

「戦争はもう絶対にしたくないという日本人の感情と、理想主義に燃えたGHQの若いアメリカ人との奇跡の合作だった」──『憲法九条を世界遺産に』(集英社新書)
「憲法は天皇陛下と私の合作だ」「天皇陛下がいなければこの憲法はありえなかった」──マッカーサーの言葉
「マスメディアは、なぐさみと娯楽と恐怖を与える。/マスメディアは、ニュースを選別する。/マスメディアは、反対意見を小さく見せる。/
マスメディアは、本当に重要な問題を語らない。/マスメディアは、ただ過大な利潤を求める。/マスメディアは、人びとを孤立させる。」──チョムスキーの発言より
久しぶりの礼拝出席と……
0
    JUGEMテーマ:聖書

    今日、にわかに思い立って、久しぶりに教会の日曜礼拝に出席した。
    今の牧師先生に代わってから初めてだから、1年以上ぶりとなる。

    本日の説教の題は「信仰によって」。
    聖書個所は旧約聖書ハバクク書2章1〜5節。

    私は、見張り所に立ち、
    とりでにしかと立って見張り、
    主が私に何を語り、
    私の訴えに何と答えるかを見よう。
    は私に答えて言われた。
    幻を板の上に書いて確認せよ。
    これを読む者が急使として走るために。
    この幻は、定めの時について証言しており、
    終わりについて告げ、
    まやかしを言ってはいない。
    もしおそくなっても、それを待て。
    それは必ず来る。遅れることはない。

    見よ。彼の心はうぬぼれていて、まっすぐでない。
    しかし、正しい人はその信仰によって生きる。

    実にぶどう酒は欺くものだ。
    高ぶる者は定まりがない。
    彼はよみのようにのどを広げ、
    死のように、足ることを知らない。
    彼はすべての国々を自分のもとに集め、
    すべての国々の民を自分のもとにかき集める。

    ──新日本聖書刊行会発行『新改訳聖書第3版』より引用

    以下、本日の説教の要旨。

    ハバククという人物については、聖書の他の個所には登場しないので、このハバクク書からしか知ることができない。

    彼がここで言わんとしていることは──、

    1. 「信仰によって」訴えよ(祈れ)
    2. 「信仰によって」待て
    3. 「信仰によって」生きよ

    ということである。

    ハバクク書1章では、北イスラエルに続いて南ユダがカルデヤ人(バビロン)というさらに堕落した民によって滅ぼされるのは納得できないと神に訴える

    2章に入ると、その訴えに対する神の応答が記されている。

    神はその定められた時に定められた事を必ず実行される。
    だから、その時を忍耐を持って待てと。

    アブラハムは、子を与えられるとの約束を受けてから25年間待ち続けた。
    バビロンからの解放に至っては、このハバククの祈りから実に70年間もの月日が流れた。

    「信仰によって」生きるということ。

    ここで「信仰」と訳されている言葉は「真実」という意味もある。
    神を「真実」に受け入れて生きるようにと勧めているのである。

    「正しい人はその信仰によって生きる」(4節)という聖句は、新約聖書に3度引用されている(ローマ人への手紙1章17節、ガラテヤ人への手紙3章11節、ヘブル人への手紙10章38節)ほど重要な個所である。
    続きを読む >>
    | もーちゃん | 希望の光 | 17:15 | comments(2) | trackbacks(0) |
    聖書は離婚に関してどう語っているか─
    0
      JUGEMテーマ:離婚

      しかし、もし信者でないほうの者が離れて行くのであれば、離れて行かせなさい。
      そのような場合には、信者である夫あるいは妻は、縛られることはありません。
      神は、平和を得させようとしてあなたがたを召されたのです。
      なぜなら、妻よ。
      あなたが夫を救えるかどうかが、どうしてわかりますか。
      また、夫よ。
      あなたが妻を救えるかどうかが、どうしてわかりますか。

      (新約聖書『コリント人への手紙第一』7章15節〜16節=新改訳聖書センター発行『新改訳聖書』第3版より引用)

      離婚に関して、
      再びLIFE APPLICATION STUDY BIBLE (New Living Translation)(Tyndale House Publishers, Inc.)による解説を見てみることにする。

      《1 Corinthians 7:15-16

      ....If, however, the unbelieving spouse insists on leaving, Paul said to let him or her go.
      The only alternative would be for the Christian to deny his or her faith to preserve the marriage, and that would be worse than dissolving the marriage....

      この書簡においてパウロは、「
      もし信者でないほうの者が離れて行くのであれば、離れて行かせなさい」と、離婚を容認している。

      無理に結婚生活を維持するために信者側がその信仰を捨てるようなことになれば、その結果は離婚よりもひどいものとなる
      ──と、このスタディ・バイブルは警告している。

      私が教会から離れてしまったのは婚約以前からであるが、二十数年もの間こうした状況が続いてしまった結果──一時的に教会に出入りできた時期はあったものの
      ──、離婚に至ることになったのは甚だ残念であると同時に、当然の帰結であるのかもしれない。

      しかしながら一方で、私としては家族の救いを祈り続けていたにもかかわらずそれが(現時点では)叶えられなかったのは、神への不信をもたらす結果となった。

      “神の時”がまだ来ていないからなのかもしれない。

      しかし、
      その“時”がいつなのか、あるいはその“時”が永遠にやって来ないのか、それさえ分からぬ状況では、「ただ信ぜよ」と言われても、私の感情がそれを許さない。

      目の前の事実だけがどんどん進行していく中で、一体私はどうすればいいのか……。
      | もーちゃん | 希望の光 | 16:58 | comments(0) | trackbacks(0) |
      健康─生きる力の源
      0
        JUGEMテーマ:聖書

        世界保健機構(WHO)憲章において、健康は次のように定義されている。

        身体的精神的霊的社会的に完全に良好な動的状態であり、単に病気や虚弱ではないということではない。」
        (“Health is a dynamic state of complete physical, mental, spiritual and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.”)

        この定義に照らし合わせてみると、今の私の状態がいかに不健康であるかが分かる。

        身体的…日々の過酷な業務で肉体は徐々に蝕まれている。
        精神的…仕事や離婚問題で追いつめられる毎日を送っている。
        霊 的…純真に信じきっていた神に裏切られたという思いが今も心のどこかに引っかかり続けている。
        社会的…過酷な業務とはつり合わない低収入で貧しい生活を余儀なくされている。

        しかし、聖書は言う。

        「愛する者よ。あなたが、たましいに幸いを得ているようにすべての点でも幸いを得、また健康であるように祈ります。」(轡茱魯2)

        誰かがどこかで私のために、このように祈ってくれていることを知るだけでも、「私は孤独ではない」と励まされ、それが生きる力にも繋がっていく。

        そして、神が、このような私をも“大切な存在”として守っていてくださる。

        ──などと、優等生的なことを書いてはみるものの、一昨年からの一連の出来事の中で私は、「神のお考えが分からない」とか「神は本当に存在されているのか」などと“不信仰”な思いを強くしている。

        しかし、それでもなお一方で、心のどこかで神を求め続けている自分がいることに気付く。

        「人間の心には神の形をした空洞があり、その空洞は神にしか埋めることができない。」

        ──と、かのパスカルが述べているが、まさしくその通りなのだろう。

        「今の時のいろいろの苦しみは、将来私たちに啓示されようとしている栄光に比べれば、取るに足りないものと私は考えます。」(ローマ8:18)

        私の心の空洞も神が慈しみをもって埋めてくださり、この世における様々な艱難を、上を仰ぎ見つつ忍耐をもって乗り越える力をお与えくださるよう、そしてその上で、日々健康に生きていくことができるようお守りくださいと、切に祈りたいものである。

        ※上記聖句は、新改訳聖書センター発行『新改訳聖書第3版』より引用
        | もーちゃん | 希望の光 | 18:03 | comments(0) | trackbacks(0) |
        答えの遅延
        0
          JUGEMテーマ:聖書

          祈りはなくならない。
          祈りのいぶきはむなしくは費やされない。
          答えられず、また注意されない祈りなるものは一つもない。
          そしてわたしたちが拒絶または否定と算定するものは、単なる遅延でしかない。

          キリストは時としてわたしたちの祈りを試み、またこれを生かすために神の助けを遅らせなさることがある。

          舟は波におおわれることもある。
          主はその上に眠りつづけなさる。
          けれども、主は舟の沈む前に目覚めなさる。
          彼は眠りなさるけれども眠り過ぎなさることはない。
          彼は遅すぎるということはない。

          ――『荒野の泉』(レテー・B・カウマン著、山崎亭治訳)7月10日より引用

          祈りが一向に聞かれないのは、無視されているのでも拒絶されているのでもなく、「単なる遅延でしかない」のか。


          そうだとしても、あまりにも長すぎる遅延は、祈る者の信仰を萎えさせるリスクを増大させることになりはしないか。


          それとも、そう思うのは私の不信仰ゆえなのか。

          | もーちゃん | 希望の光 | 23:24 | comments(0) | trackbacks(0) |
          聖書は離婚に関してどう語っているか
          0
            JUGEMテーマ:離婚

            イエスは言われた。
            「モーセは、あなた方の心がかたくななので、この命令をあなたがたに書いたのです。
            しかし、創造の初めから、神は、人を男と女に造られたのです。
            それゆえ、人はその父と母とを離れ、ふたりは一体となるのです。
            それで、もはやふたりではなく、ひとりなのです。
            こういうわけで、人は、神が結び合わせたものを引き離してはなりません。」

            (新約聖書『マルコの福音書』10章5〜9節=新改訳聖書第3版による)

            離婚話が現実味を帯びてきた今日この頃。

            果たして聖書は離婚に関してどう語っているのかを改めて調べ直してみようと思う。

            昨年末に自分へのご褒美として買ったLIFE APPLICATION STUDY BIBLE (New Living Translation)(Tyndale House Publishers, Inc.)ではどのように解説されているかを見てみると──。

            《Mark 10:5-9》

            God allowed divorce as a concession to people's sinfulness.
            Unfortunately, the Pharisees used Deuteronomy 24:1 as a proof text for the sanctioning of divorce.
            Jesus explained that divorce was not God's ideal; instead God wants married people to consider their marriage permanent.
            Don't enter marriage with the option of getting out.
            Your marriage is more likely to be happy if from the outset you are committed to permanence.
            Don't be hardhearted like these Pharisees, but be hardheaded in your determination, with God's help, to stay together.

            That said, we know that in our world, divorce is sometimes necessary (for physical survival, for well-being of children, etc.).
            Jesus clearly gave God's ideal for marriage in Genesis priority over Moses' permission for divorce.
            Jesus did not cancel Moses' teaching, however.
            For possible exceptions, see Matthew 5:32 and 19:9, where Jesus permitted divorce when the spouse had been unfaithful; and 1 Corinthians 7:15, where Paul recognized divorce when the unbelieving partner leaves the marriage.
            Divorce is wrong; it severs a holy union.
            But divorce is permitted.
            Jesus did not elaborate on the permissible reasons, but his high view of marriage surely requires that divorce be a last resort to avoid greater disaster.

            簡潔に言えば、離婚は、神が結び合わせたものを引き離すことであるから良くないことだが、配偶者の不貞や未信者の配偶者が自ら去っていくという状況下においてのみ、悲劇を拡大させるのを防ぐための最終手段として容認されているということのようである。

            私の場合は幸か不幸か、これらの条件を二つとも満たしている。

            ということは、私は今回の離婚に関しては後ろめたさを感じる必要はないということか。

            しかしながら、今思えば、神は本当に妻と私を結び合わされたのかどうか、結婚に際して私は本当に神の意志を示してくださるように真剣に祈り、その結果結婚という道を選んだのかどうかさえ、全くもって自信がない。

            結婚は勢いタイミングである!

            ……と信じていた私は──あるいは逆に、この結婚の経験を基にそう信じるに至ったのかもしれないが ──、実は単に早まった結婚をしてしまっただけなのかもしれない。
             
            妻とは中学生の時からの知り合いだったので、「手近な所で手を打った」と……。

            結婚するまでは、自分は“結婚に向いていない人間”だと思っていたが、実際に結婚して、楽しいこともあったが忍耐を強いられることも多々あり、それ故人間として成長したと思う。

            しかし、結婚生活も破綻を迎えようとしている今、この結婚が正しかったのかどうかと自らに問うてみると、「うん、正しかった」と胸を張って言えな い。

            今さらグダグダと考えたところで取り返しがつくわけでもなく、どうしようもないけれども……。

            | もーちゃん | 希望の光 | 12:49 | comments(3) | trackbacks(0) |
            校門前での聖書配布にクレーム?
            0
              JUGEMテーマ:聖書

              おそらくギデオン協会の布教活動だろう。

              何年か前、ウチの中学校の前でも配られていた(濃緑の表紙の新共同訳新約聖書)。
              また今年、立○館大学の入学式が行われた京セラドーム前でも、式典終了時に配布されていた。

              私が公立高校1年生の時には、HRの時間に担任の先生が「聖書が無料でもらえるそうだけど、欲しい人はいる?」と呼びかけがあったほどである。
              希望者は私以外にはほとんどなかったと記憶している。
              (ちなみにその時もらった聖書は、えんじ色のビニール装で、日英対照の新約聖書だった。日本語は口語訳、英語は???)

              「事前に学校に連絡があり」、「他の業者もやっていて、しかも敷地外なのでやるなとは言えなかった」らしいが、確かに良心的・紳士的に活動しているので、断る理由はなかろう。

              ところで、クレームをつけた保護者の意図は?

              校門前での聖書配布
               配布関係者「敷地外の活動で問題ない」


               佐賀市内の中学校校門前で行われた聖書の無料配布について、保護者から学校へ規制しないのかと疑問の声が上がっていると、佐賀新聞が16日伝えた。敷地外の活動であるため学校が規制することはできないが、同紙によると、配布前には事前の連絡があるなど丁寧な活動。配布した関係者も同紙の取材に応じ、「配布は布教活動の一環。受け取りを拒むこともできるし、中学生ならそれだけの判断はできる」とし、「敷地外の公道での活動。何の問題もない」と話している。


               報道によると、配布は5月中に少なくとも3校であった。校門近くに「無料配布」ののぼりを立てて、文庫本サイズの聖書を登校する生徒に配布した。 配布関係者によると、佐賀県内で会員がいる佐賀市や伊万里市、嬉野市などの中学校を中心に年間約6000冊の聖書を配っているという。


               校門前でのチラシ配布は、学校近くの学習塾などほかの業者や団体も行っている。事前連絡を受けたある中学校の校長は、特定の宗教団体の活動を支援しているという誤解を招く恐れがあるのではと考えたが、他業者も行っていることで、また敷地外のことなので「やるなとは言えなかった」と言う。


               保護者からの苦情があった同市教委は、宗教活動自体については否定できないが、「支障を来すのであれば、学校の敷地外でも申し入れすることもあり得る」という見解を各校に通知したという。


              2010年06月17日 CHRISTIAN TODAY

              | もーちゃん | 希望の光 | 13:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
              日本語“2大聖書”、2016年改訂版発行へ
              0
                JUGEMテーマ:聖書

                『クリスチャン新聞』3月14日号および4月25日号によると、財団法人日本聖書協会(JBS)は2016年6月の出版に向け、新たな聖書の翻訳作業に着手する。

                現在、JBS発行による聖書として『口語訳聖書』(1955年)、そしてカトリックとプロテスタント両派による『新共同訳聖書』(1987年)が広く用いられているが、過去30年おきに改訂や新訳が行われており、『新共同訳』から20年以上が経っていることから、新たな時代へ向けた
                新翻訳聖書の必要性を感じ、今回の作業着手となった。
                新しい聖書の名称は『標準訳聖書』(仮称)。新旧両派による翻訳となる。

                第4回諮問会議(2009年10月)で決議された「翻訳方針前文」は以下の通り。

                【翻訳方針 前文】

                 近代日本における福音宣教の開始後、聖書はいち早く日本語に訳された。それは教会の正典として用いられただけでなく、言語、文学、思想など、日本文化全体の発展にも貢献した。過去の聖書協会による邦訳聖書刊行だけを見ても、『明治元訳』(一八八七年)の後、『大正改訳』(一九一七年)、『口語訳』(一九五五年)、『新共同訳』(一九八七年)と、およそ三〇年おきに改訂あるいは新訳がなされている。翻訳作業に一〇年かかるとすれば、『新共同訳』が刊行されて二〇年が過ぎた現在、聖書の新しい訳が検討されるべき時期が来ていると言えよう。実際、過去数十年間に生じた聖書学、翻訳学などの進展、底本の改訂、日本語や日本社会の変化、また『新共同訳』見直しへの要請が、新しい翻訳を求めている。
                 新しい聖書翻訳は、
                 (1)共同訳事業の延長とし、日本の教会の標準訳聖書となること、また、すべてのキリスト教会での使用を目指す。
                 (2)礼拝で用いることを主要な目的とする。そのため、礼拝での朗読にふさわしい、格調高く美しい日本語訳を目指す。
                 (3)義務教育を終了した日本語能力を持つ人を対象とする。
                 (4)言語と文化の変化に対応し、将来にわたって日本語、日本文化の形成に貢献できることを目指す。
                 (5)この数十年における聖書学、翻訳学などの成果に基づき、原典に忠実な翻訳を目指す。底本として、旧約 (BHQ)・新約(UBS第5版)・旧約続編(ゲッティンゲン版)など、最新の校訂本をできる限り使用する。
                 (6)文学類型の違いを訳出して原典の持つ力強さを伝達する努力はするが、聖書が神の言葉であることをわきまえ、統一性を保つ視点を失わないこととする。固有名詞や重要な神学用語については『新共同訳』のみならず、過去の諸翻訳も参考にして、最も適切な訳語を得るようにつとめる。
                 (7)その出版に際して、異読、ならびに地理や文化背景などを説明する注、引照聖句、重要語句を解説する巻末解説、小見出し、章節、地図や年表、などの本文以外の部分は、できる限りさまざまな組み合わせを考え、読者のニーズに応える努力をする。

                一方、
                同紙4月25日号によると、一般社団法人新日本聖書刊行会『新改訳聖書』も、2016年の全面改訂版発行に向けて作業が進められる。

                現在『新改訳聖書』は第3版が発行されているが、今回は従来の部分改訂ではなく全面改訂となる。

                「翻訳理念」は次の通り。

                【翻訳理念】

                (1)聖書を誤りなき神のことばと告白する、聖書信仰の立場に立つ。
                (2)特定の神学 的立場を反映する訳出を避け、言語的な妥当性を尊重する委員会訳とする。
                (3)ヘブル語及びギリシャ語本文への安易な修正を避け、原典に忠実な翻訳をする。
                (4)行き過ぎた意訳や敷衍訳ではなく、それぞれの文学類型(歴史、法律、預言、詩歌、ことわざ、書簡等)に相応しいものとする。
                (5)その時代の日本語に相応しい訳出を目指す。
                (6)聖書研究の進展や日本語の変化に伴う必要な改訂を行う
                | もーちゃん | 希望の光 | 15:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
                クリスマス・タブロー
                0
                  JUGEMテーマ:クリスマス

                  洛星のクリスマスツリー

                  23日16時から18時、息子の通う洛☆中学・高校で「クリスマス・タブロー」が行われた。

                  「クリスマス・タブロー」とは、イエス・キリストの御降誕を、宗教音楽と聖書朗読をバックに美しい衣装やセットで絵画的に表現した舞台のこと。
                  演劇とは異なり、登場人物にセリフはなく、動きもほとんどない。

                  以下、その内容をプログラムから抜粋する。

                  * - * - * - * - * - * - * - * - * - *

                  第0幕 祈り─2000年前に思いをはせて

                   キャンドルサービス
                   祈 り
                   イザヤ書 61:1〜3

                  第1幕 かつての予言

                   イザヤ書 9:1〜6
                   民数記 24:17
                   ミカ書 5:1〜3

                  第2幕 マリアへのお告げ

                   『朝日は昇りて』(聖歌隊)
                   ルカの福音書 1:26〜38
                   『Ave Maria』(独唱)

                  第3幕 ヨセフへのお告げ

                   『まぶねの中に』(聖歌隊)
                   マタイの福音書 1:18〜24

                  第4幕 マリアとヨセフ

                   『天なる神には』(聖歌隊)
                   ルカの福音書 2:1〜4
                   『夕闇せまる』(独唱)
                   ルカの福音書 2:6〜7

                  第5幕 天使と羊飼い

                   『まきびと羊を』(一同)
                   『いざ子らを』(聖歌隊)
                   ルカの福音書 2:8〜14
                   ハンドベル『主よ、人の望みの喜びよ』(J.S.Bachカンタータ147)

                  第6幕 東方の三博士

                   マタイの福音書 2:1〜16

                  第7幕 星天使

                   『ああベツレヘムよ』(聖歌隊)
                   『くしくも照らす』(聖歌隊)
                   マタイの福音書 2:9
                   『きよしこの夜』(一同)
                   ハンドベル『天地を創造したもう神よ』

                  第8幕 御降誕

                   『天には栄え』(聖歌隊)
                   『諸人こぞりて』(一同)
                   ルカの福音書 2:15〜20
                   ダンス:The Little Drummer Boy
                   マタイの福音書 2:10〜11
                   『我らは来たりぬ』(聖歌隊)

                  * - * - * - * - * - * - * - * - * - *

                  24日19時からの55分間、KBS京都テレビで今日の模様がダイジェストで放送されるので、ご興味のある方は是非ご覧を。

                  ≪追記≫24日に放送されたのは、昨年の再放送でした

                  | もーちゃん | 希望の光 | 13:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
                  【転載】FM COCOLO『アッとおどろく!ガブリエル』がスタート
                  0
                    JUGEMテーマ:聖書

                    FMラジオで初 聖書研究がテーマの番組「アッとおどろく!ガブリエル」

                     FM COCOLOで毎週土曜深夜(24時半〜25時)にオンエアされる「@odoroku.Gabriel(アッとおどろく!ガブリエル)」が、9月5日からスタートする。謎の神学者=ガブリエル博士が聖書研究を展開するというラジオドラマ仕立ての番組。関係者によると、FM放送の深夜枠で、牧師が毎回出演し て聖書について語るというのは、これまでに前例がないという。


                     企画制作は、ラジオ大阪「VIPアメージングインタビュー」を手がけた株式会社ミッション・ブロードバンド。大阪市中央区のVIP関西センター3Fに特設されたmissionBB北浜スタジオにて、ラジオの音声収録とネットの動画撮影を行っている。


                     ノストラダムスの大予言や映画「ダビンチコード」のヒットで、いま聖書の世界観が注目されている。番組では毎回、世間で話題のキーワードを切り口 に、ガブリエル博士こと万代栄嗣牧師(松山福音センター)がアシスタントのミカちゃん・エルちゃん(上田紫布さん・清水共子さん)を相手に聖書をわかりやすく解説していく。


                     聖書研究の内容は、聖書に興味はあっても一人で読むのは難しいという若いリスナーをターゲットに考えられている。大学のゼミのような雰囲気で、リスナーの質問や相談にも答えていきたいという。


                     第1回目(9月5日放送予定)のテーマは「天地創造」。その後は、「アダムとイブ」(9月12日放送予定)、「そもそも聖書とは」(9月19日放 送予定)、「続・アダムとイブ」(9月26日放送予定)と続く。旧約聖書の有名な物語の数々を、まるで日本昔話を語るかのように万代牧師が紹介していく。


                     番組は、ウェブラジオ、ユーチューブでの動画配信のほか、ポッドキャスティングでも配信する。9月5日放送分は、ラジオ放送の直後からウェブで視聴できる。


                     番組サイトには、提供各社のバナーが貼られ、ラジオと連動している。不況の時代に合わせて、低価格・多スポンサーで運営して行く方針だ。


                     *9月5日に正式公開の番組HP(現在テスト公開中)では、番組放送に先駆けて動画とウェブラジオをテスト配信中。URLをクリックして、ガブリエル博士の研究室に遊びに行ってみよう! http://iguigu.net


                    | もーちゃん | 希望の光 | 18:29 | comments(0) | trackbacks(0) |
                    バースデーカード
                    0
                      JUGEMテーマ:聖書

                      今日は、洛★中学に通う息子の13回目の誕生日。

                      その中学校の校長からから昨日、息子宛にバースデーカードが届いた。

                      表面には、

                      Happy birthday!
                      “平和を実現する人は幸いである”
                      マタイによる福音書5章

                      ぜひ家庭の平和、社会の平和、
                      世界の平和確立に貢献できる人格
                      となってください。
                      誕生日にあたり、新しい決心をして
                      成長されることを願っています。

                      ──とあり、裏面には『平和をもとめる祈り』が印刷されていた。




                      「平和をもとめる祈り」

                      主よ、私をあなたの平和の道具にしてください。

                      にくしみのあるところに 愛を

                      あらそいのあるところに 和解を

                      ぶんれつのあるところに 一致を

                      うたがいのあるところに 信仰を

                      あやまりのあるところに 真理を

                      ぜつぼうのあるところに きぼうを

                      かなしみのあるところに よろこびを

                      やみに 光をもたらすことができますように。

                      なぐめられるよりも なぐめることを

                      理解されるよりも 理解することを

                      愛されるよりも 愛することを私たちがもとめますように。

                      私たちはあたえることで めぐみを受け

                      ゆるすことで ゆるされ

                      自分をすてて死に えいえんのいのちをいただくのですから。


                      我が息子は将来、目標であるところのロボット工学博士となり、peacemakerとして活躍することになるのだろうか。

                      何はともあれ、息子よ、誕生日おめでとう。

                      こんな“不出来”な親の下に生まれてきて、何かと苦労したり悲しい思いをするだろうが、どうかめげずに、たくましく育ってくれ。

                      くじけることなく目標に向かって、悔いのないよう勉学に、クラブ活動に励んでほしい。

                      これが、私の心からの願いである。
                      | もーちゃん | 希望の光 | 15:56 | comments(0) | trackbacks(0) |
                      神の言葉を聞き、それを行う人に
                      0
                        JUGEMテーマ:聖書

                        息子が通う洛★中学・高等学校の同窓会会誌『とぅりおふ(Triomphe)』No.27(2009年6月発行)より、「校長あいさつ」を紹介する。

                        ※文中の聖句は、日本聖書協会発行『新共同訳聖書』より引用

                        神の言葉を聞き、それを行う人に

                        中学高校の6年間は
                        、人生の中で最も多感で、心身ともに大きく成長する時期です。
                        この期間を「カトリックの精神に基づく全人教育」を掲げる洛★で過ごすことは、人生の大きな財産になると信じています。
                        洛★という学び舎で体得した神の言葉を人生の指針として歩むならば、大きな力になるに違いありません。

                        主なる神は、土の塵で人を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。
                        人はこうして生きる者となった。
                        <創世記 2章7節>

                        神は愛ゆえに、ご自身に似せて人を創造されました。
                        この私は、神の霊を吹き込まれて命をいただいたかけがえのない存在です。
                        同時に、すべての人間は、同じ神の霊を持った兄弟なのだということがわかります。
                        ですから、自分を大切にし、同時に周りの人、すべての人を大切にしなければなりません。
                        特に、イエス・キリストは、困っている人、弱い立場に立たされた人の側に立って行動されました。
                        そして今も、孤独な人、抑圧された人と共に歩んでおられます。

                        このカトリックの精神を人生の指針として、心・体・頭のバランスのとれた人間として成長するように導くことが洛★の使命です。

                        聖書には、イエス・キリストの言葉や行いが数多く書かれていますが、最も重要な掟は以下のイエスの言葉です。

                        「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。」
                        これが最も重要な第一の掟である。
                        第二も、これと同じように重要である。
                        「隣人を自分のように愛しなさい。」
                        <マタイによる福音書 22章37〜39節>

                        神を愛するとは、何よりも一番に神様を大切にすることです。
                        この世の富を一番にしないということです。
                        お金さえあれば幸せになれると思っている人はそう多くはないと思いますが、お金がなければ幸せになれないと思っている人は多いのではないでしょうか。

                        学校近くで毎朝夕、老夫婦が歩く姿を見かけます。
                        ご主人のリハビリのためなのでしょうか。
                        杖をつきながらゆっくりと歩くご主人の手を奥さんがぎゅっとしっかり握り、お二人で歩まれる後姿を眺めていると、病気や不慮の災難に遭わないことが幸せの条件ではないのだと確信できます。

                        隣人を愛するとは、その人を尊重して受け入れるということです。
                        戦国時代わが国にキリスト教が伝えられた時、神の愛を示す「アガペー」という言葉の日本語訳として、男女間の愛と区別するために、「ご大切」という言葉を選んだのだそうです。
                        すべての人、特に弱い立場に追いやられた人を大切に受け入れなさいと、イエス・キリストは教えておられるのです。

                        私のもとに来て、私の言葉を聞き、それを行う人は皆、どんな人に似ているのかを示そう。
                        それは、地面を深く掘り下げ、岩の上に土台を置いて家を建てた賢い人に似ている。
                        洪水になって川の水がその家に押し寄せたが、しっかり建ててあったので、揺り動かすことができなかった。
                        <ルカによる福音書 6章47〜48節>

                        人生の目的を知り、歩むべき道を歩んでいる人は、少々行き詰まってもはねのける頼もしさがあります。
                        神の言葉を土台にすれば、人の言葉や人の評価に左右されることなく、堂々と歩んでいくことができるでしょう。

                        洛★で学ぶ子供たちが、大勢の先輩方のように、強くたくましく、そして優しい心を持った人として、社会を支え、世界の人々の幸せ実現のために働く人に成長してくれることを願ってやみません。

                        マタイによる福音書の別の個所には、このような御言葉がある。

                        だから、『何を食べようか』『何を飲もうか』『何を着ようか』と言って、思い悩むな。
                        それはみな、異邦人が切に求めているものだ。
                        あなたがたの天の父は、これらのものがみなあなたがたに必要なことをご存じである。

                        何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。
                        そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。

                        だから、明日のことまで思い悩むな。
                        明日のことは明日自らが思い悩む。
                        その日の苦労は、その日だけで十分である。

                        マタイによる福音書 6章31〜34節

                        「神の国と神の義を求めなさい」とは、神に信頼し、神の支配に服従して生活せよということである。
                        つまり、「思い悩む」のとは対照的なのが神への信頼と服従なのである。

                        自称“不敬虔なクリスチャン”である私
                        もーちゃんは、昨年末の失業騒ぎ以来、神への信頼が大きく揺らぎ、祈る気力さえも喪失したままである。

                        さらに、ずっと精神的に不安定
                        ──と言うよりむしろ“病んでいると言った方が正確なのかもしれないが──なうえに、それに追い打ちを掛けて、介護職という肉体労働を無理強いさせられている。

                        その結果、心身双方に強度の負荷を継続的に負わされ続けているので、心の底から笑うことも、何かに真剣に打ち込むことも忘れてしまい、生きていること──生かされていること──
                        自体、嫌になっている。

                        このような自分自身を、どうして愛することができようか。
                        自らを卑下することしかできなくなってしまった人間が、一体どのようにして立ち直ることができるのだろうか。

                        神への信頼と服従」──

                        早急にこれを取り戻さねば、この先どのような“地獄”が待っているのか、考えただけでも恐ろしい。
                        | もーちゃん | 希望の光 | 10:47 | comments(1) | trackbacks(0) |
                        ここにも不況の大波が...
                        0
                          私がクリスチャンとなるきっかけになったラジオ番組の一つ『あすへの窓』を放送していたキリスト改革派教会の番組が、予算半減の煽りを受け、この6月をもって4番組(インターネット放送)が終了となってしまった。

                          2007年3月の
                          KTWR(Trans World Radio - Guam)日本語放送廃止以降──これに関しても、同教会の同局からの撤退が理由とのウワサもある──インターネットによる放送は続けられていたが、ここへ来てその継続さえ困難となってしまった模様。

                          FEBC(韓国・済州島)から放送されているBOX190』『聖書を開こうや、国内民放局からのあさのことば』『東北あさのことば』『キリストへの時間は従来通り、インターネット放送と並行して続けられる。

                          また、
                          インターネット放送のみのほほえみトーク存続する。

                          いつもの時間にスイッチを入れればどこででも聴けるラジオ放送と、環境が整っていればいつでも聴くことのできる
                          インターネット放送

                          今や後者が全盛とも言える状況だが、
                          子どもから高齢者まで誰でも扱いやすいラジオというメディアの簡便なアクセシビリティーを考慮すると、同教会のラジオ放送存続に重きを置いた判断は正解だと思う。

                          願わくは、打ち切られてしまった番組の早期の再開と、更なる聴取者の増加を、そして、同教会をはじめとする宣教団体の経済的必要が満たされるよう、祈らずにはいられない。
                          | もーちゃん | 希望の光 | 13:12 | comments(0) | trackbacks(0) |
                          【転載】致命的な問題からも助け出される主
                          0
                            JUGEMテーマ:聖書

                            万代栄嗣牧師・・・致命的な問題からも助け出される主
                            2009年01月12日

                            万代栄嗣牧師

                            ・・・アッシリヤの王セナケリブが来て、ユダにはいり、城壁のある町々に対して陣を敷いた。・・・ヒゼキヤ王とアモツの子預言者イザヤは、このことのゆえに、祈りを ささげ、天に叫び求めた。すると、主はひとりの御使いを遣わし、アッシリヤの王の陣営にいたすべての勇士、隊長、首長を全滅させた。・・・この時以来、彼 はすべての国々から尊敬の目で見られるようになった。(第二歴代誌32章1節から23節)


                             この1年のテーマの御言葉は新約聖書ピリピ人への手紙4章12節13節です。パウロは語りました。貧しかろうと豊かであろうと、私の人生はイエスを信じた時からありとあらゆる境遇に向き合うことができる。何が起こっても私にはイエスがいるから大丈夫。


                             不況で始まった2009年ですが、歴史を振り返ってみれば、戦争や迫害、あるいは飢饉のような大きな試練の中でさえ、イエスを信じるクリスチャンたちは常に神の奇跡、神の御手の業を体験し、国や世界をより良き方向に導き、歴史の表舞台に立ち続けたのです。


                             私たちも、人々から優しくされ、豊かで健康で、甘やかされた子どものように過保護な状況でしか幸せではない、神に讃美ができないなどというようなひ弱な生き方から抜け出しましょう。私たちの信仰生活を、本当の意味で全境遇対応型に変えたいのです。


                             この1年、状況が良かろうと悪かろうと、必ず神が祝福して下さいます。


                             今日開いた聖書の箇所は、文字通り致命的な状況です。歴史に名を馳せた大帝国アッシリヤから、取るに足りない小国のユダ王国が狙われ、籠城以外に 打つ手はなく、滅亡は時間の問題という絶望的な状況に陥りました。大国の世界的な侵略戦争に飲み込まれようとしていたのです。そして、アッシリヤの侵略か ら逃れ得た国は今までひとつもありませんでした。しかし、その大帝国の侵略からユダ王国は神の不思議な方法によって守られたのです。


                             私たちの現状も似たものがあります。この年末年始、世界の金融危機やわけの分からぬ大恐慌の様相で、絶体絶命のピンチに置かれている兄弟姉妹もおられるのです。でも、そういう本当に困難な状況にあっても信仰者には必ず神の助けがあると聖書は約束しています。


                            1.信じているはずの神に信頼する


                             あなたの信仰を飾り物にしてはなりません。あなたの信じているはずの神は、あなたを取り巻くどんな問題よりも力あるお方であり、その偉大なお方が 私たちのために戦って下さるのです。人生の戦いというときに、私たちを愛し選んで下さった神が、私たちのために戦って下さることを信じ、神に信頼しましょ う。


                             あなたの信仰を、調子の良いときだけの軽々しい信仰に終わらせては意味がありません。あなたが本気になって戦わなければいけないときにこそ、主ご自身が私たちの力となり、私たちのために戦って下さるのだと、信じているはずの神に改めてしっかりと信頼しましょう。


                             あなたが本当に困難や試練を感じるときにこそ、神に真っ先に祈るべきです。人を頼ったり自分を頼ったり世の中のノウハウに頼るのではなく、私たちは自分が困難を背負ったときにこそ真っ先に神に信頼し祈り求めるのです。


                            2.御前に立ち声を上げて神に呼び求める


                             信仰は屁理屈ではなく、あなたの純粋な行動によって動きます。自分の足で立ち、自分の言葉で神を呼び求め祈ろうではありませんか。祈れば良いと分 かっているのが信仰ではなく、祈ってこそ信仰です。信仰は人任せでは何も起こりません。あなた自身が立ち上がって、神の前にあなたの言葉で祈ることです。


                             このヒゼキヤ王たちの体験した出来事はもう絶体絶命でした。世界の大国の大軍勢に取り囲まれて、今にも国が滅びようとしていたのです。しかし、その時に神は天の御使いを送り、敵の指導者たちを打ち殺し、最後はその王さえ殺して、不思議な方法で守って下さったのでした。


                             私たちはこの2009年、まざまざとあなたのために働いて下さる神の御力を体験しましょう。どれほど目の前の問題が大きくても、私たちにはそれより大いなるお方が共におられるのです。


                             私たちは自分のそもそも信じているはずの神に信仰の目を向け信頼しましょう。形だけの信仰で終わらせず、神と共に生き、いつも神からの力が与えら れることを信じ神に信頼しましょう。そして、単なる格好だけではなくて、自分の声を上げて全ての問題も癒しも祈るのです。主は叫び求めに必ず答えて下さい ます。


                             今年あなたのありとあらゆる状況に主は対処する秘訣をお与え下さいました。そして、イエス・キリストの力によって私たちにはどんなことでも可能です。その恵みを体験してまいりましょう。



                            万代栄嗣(まんだい・えいじ)


                             松山福音センターの牧師として、全国各地、そして海外へと飛び回る多忙な毎日。そのなかでも宗教を超えた各種講演を積極的に行っている。国内では 松山を中心に、福岡、鹿児島、東京、神戸、広島、高松にて主任牧師として活動中。キリスト教界のなかでも、新進気鋭の牧師・伝道者として、注目の的。各種 講演会では、牧師としての人間観、ノイローゼのカウンセリングの経験、留学体験などを土台に、真に満足できる生き方の秘訣について、大胆に語り続けてい る。講演内容も、自己啓発、生きがい論、目標設定、人間関係など多岐にわたる。


                             また、自らがリーダー、そしてボーカルを務める『がんばるばんど』の活動を通し、人生に対する前向きで積極的な姿勢を歌によって伝え続け、幅広い年齢層に支持されている。


                             国外では、インド、東南アジア、ブラジル等を中心に伝道活動や、神学校の教師として活躍している。


                            『CHRISTIAN TODAY』より


                            | もーちゃん | 希望の光 | 12:07 | comments(0) | trackbacks(0) |
                            本当に神は存在するのか?!
                            0
                              JUGEMテーマ:聖書

                              本当に神は存在するのか?!

                              新春早々
                              、何やら物騒な物言いであるが、昨年暮れからの率直な気持ちである。

                              SSEに解雇されて収入の道が閉ざされ、いくつもの企業の社員募集に応募するもなかなか上手くいかず、先月は近所の漬物店でアルバイト。
                              時給8百円で罵倒され屈辱に耐えながらの日々──。

                              雇用保険を申請しようにも、SSEに所属していたのは3か月余り。
                              離職票により過去1年間の就業と給与が証明されねばならないので、前々職(TST)の離職票を請求するも経理の動きが鈍く、年末に間に合わず年を越してしまった。

                              さて、きちんと正社員としての仕事の口を探すのは勿論だが、差し当たっての生活費やボーナス払いにしていた住宅ローンなどの支払いをどうするのか。

                              私が若かったときも、また年老いた今も、
                              正しい者が見捨てられたり、
                              その子孫が食べ物を請うのを見たことがない。

                              ──旧約聖書『詩篇』37篇25節

                              本当か?

                              我々は既に、借金できる所からの借金をほぼし尽くし、途方に暮れている状態である。

                              雇用保険とアルバイト収入だけでは到底足りない。

                              息子の受験を控え、受験料を支払ったのはいいが、せっかく合格しても高額な授業料を支払い続けることができるのかどうか。

                              6年間の息子(と我々親)の努力が、貧困を理由に無に帰するようなことがあっては絶対にならない。

                              当ブログのキリストにある読者の方々や友人の祈りに支えられて(感謝!)、これまで何とか生きてこられたが、果たしてこの先一体どうなるのか。

                              神は私に何を望んでおられるのか。

                              精神的・経済的双方に追い詰められると、人間というものは少なからず“自殺”──“自死”という美化された表現もあるようだが
                              ──を考えるようだ。

                              私とて、その例外ではなかった。

                              一時、どうすれば楽に、かつ周りへの迷惑を最小限に抑えて死ぬことができるのだろうかと思いを巡らせたことがあった。

                              しかし今はそれよりも、如何にして今月の銀行からの引き落としを無事に遣り過ごすかということ、つまり、如何にして30万円を捻出するかということが最大の問題であり関心事である。

                              また、私の神は、キリスト・イエスにあるご自身の栄光の富をもって、あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます。
                              ──新約聖書『ピリピ人への手紙』4章19節

                              本当に神は、我々の必要をご存知で、それを満たしてくださるのだろうか。

                              私には全く、神というお方が分からなくなってしまった。
                              その存在さえ疑うようになってしまった。

                              どうして、なぜ神は私をこれほどまでに苦しませなさるのか。
                              この苦しみに一体どういう意味があるというのか。

                              神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。
                              むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。

                              ──新約聖書『コリント人への手紙第一』10章13節

                              このままだと、最悪の場合“一家離散”という可能性もある。

                              私や家族がそんな状況に耐えられると神はお思いなのか。
                              私や妻はともかく、2人の子どもたちはどうなるというのか。

                              本当に神は存在するのか?!
                              | もーちゃん | 希望の光 | 15:15 | comments(3) | trackbacks(0) |
                              信仰に立った祈りを
                              0
                                JUGEMテーマ:聖書

                                『荒野の泉』1月3日

                                主の導きの優しさを疑うように誘われた時、このことを思いなさい。

                                彼は常に私たちを覚えて下さるから、ただ一歩であっても、耐え忍ぶことのできない道を通らせなさらない。

                                次の一歩がどうして踏み出せるか分からない時にも、心配してはならない。

                                主はあなたがたに力を与えてくださるか、さもなければ突然停止を命じたもうかも知れない。
                                ──フランシス・ハバーガル

                                『荒野の泉』1月4日

                                的確な祈りが必要な時、神を信じられるまで、祈りの答えのために心から神に感謝することのできるまで、祈りなさい。

                                たとい見える所では答えが遅れたにしても、はっきりと信じていないような祈り方をしてはならない。

                                こんな祈りは信仰の助けにはならない。

                                かえって妨げとなるばかりで祈りを終えた時、信仰が弱くなったか、又は全く失われたことを発見する。

                                あなたがこのような祈りをしなければならないと感じた圧迫は、全くおのれかサタンから出たものである。

                                もし主があなたを待たせるならば、その事柄をもう一度主に申し上げるのも悪くはないが、信仰から外れないようにすべきである。

                                決して信仰の外に出て祈りをすべきではない。

                                あなたが答えを待っていることと、今なお信じていることを申し上げ、その故に答えに対して神を賛美しなさい。

                                お答えのために神に感謝することができるほど確信を固めるものはない。

                                信仰から外れた祈りはお言葉の中にある神の約束と、彼が私たちの心に与えておいでになる「よし」というみ声を否定するものである。

                                このような祈りは、心の不安の表れにすぎず、祈りの答えに対する不信仰を意味するものである。

                                信じた私たちは安息に入るのです。(新約聖書『ヘブル人への手紙』4章3節)

                                私たちが信仰なしに祈る祈りは、しばしば神の約束を信じるよりも、困難自体に私たちの思いを集中するから起こるのである。

                                アブラハムは「自分のからだが死んだも同然であること……を認めても……不信仰によって神の約束を疑うようなこと」をしなかった
                                (新約聖書『ローマ人への手紙4章19〜20節)

                                どうか私たちは惑いに入らぬよう、目を覚まして信仰のない祈りを祈ることのないようにしたい。
                                ──C・E・P

                                信仰は私たちの感覚や、目に見える事物、また理性ではなく聖言によって神を捕えることである。
                                ──エバンス

                                心配の始まりは信仰の終わりであり、真の信仰の始まる時は心配の終わる時である。
                                ──ジョージ・ミユラー

                                仕事に関する一連のゴタゴタで、心身ともにすっかり疲弊してしまい──体力は衰え、心は荒み──、真剣に祈ることを忘れてしまっていたのかもしれない。

                                • 就寝時の「主の祈り」はほぼ毎日欠かさず続けてはいたものの、神とのコミュニケーションである祈りをないがしろにしてはいなかったか。
                                • 祈るにしても、「はっきりと信じていないような祈り方」になっていなかったか。
                                • 神の約束を信じるよりも、困難自体に私たちの思いを集中」していなかったか……。

                                焦るあまりどうしていいのか分からぬままジタバタとアクションを起こしてみるが、何をしても上手くいかない。

                                ひょっとしたら、今は「停止を命じ」ておられるのか。

                                今のこの試練の時は、私の信仰が試されている時であることを覚え、日々祈りの時を持ち、ますます神に信頼できる者になりたい。

                                あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。
                                神があなたがたのことを心配してくださるからです。

                                (新約聖書『ペテロの手紙 第一』5章7節)

                                あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。
                                神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。
                                むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。

                                (新約聖書『コリント人への手紙 第一』10章13節)

                                ※文中の聖句は日本聖書刊行会発行『新改訳聖書 第3版』より引用。
                                福音文書刊行会発行『荒野の泉』では日本聖書協会発行『口語訳聖書』が用いられているが、ここでは『
                                新改訳聖書 第3版』に置き換えている。また、漢字や仮名遣いは現在一般的に用いられている表現に改めている。
                                | もーちゃん | 希望の光 | 10:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
                                全ての必要を満たしてくださる神
                                0
                                  JUGEMテーマ:聖書

                                  Count what you have now
                                     Don't count what you don't have
                                     Find that you have so much

                                      (足りないものを数えるくらいなら、足りてるものを数えてごらん
                                      そうすれば、足りてるものがたくさんあることに気付くはずだよ)

                                  ──『幸せのものさし』(詩・曲・歌:竹内まりや)

                                  TSUTAYAに足しげく通っている娘(高2)が、竹内まりやファンの父親である私のために、レンタル期間が終了したシングルCD『幸せのものさし』/『うれしくてさみしい日』を105円()で買ってきてくれた。

                                  以前からとても気になっていたこの歌詞。
                                  実際に何度もフルコーラスで聴いているうちにますます好きになった。

                                  果たして派遣社員として次の配属先が決まるのかどうか──現在2社と交渉中だが──先が全く見えぬ状況の中

                                  「もし11月中に決まらなかったらどうしよう」
                                  「いっそ死んでしまった方が遺された家族のためにはいいのではないか」
                                  「どんな死に方をすれば迷惑を掛けずに楽に死ねるだろうか」

                                  ……などと、悪魔の囁きに釣られて引き込まれそうになったこともあった。

                                  しかし、ない物ばかりに気持ちを奪われていた私に、ある物・与えられている物(者)に対して感謝をする、否、正確に言えば、必要なもの全てを与えてくださる神に感謝をすることを思い出させてくれたのが、この歌だった。

                                  そう言えば、以前教会に行っていた時に何度か歌った聖歌がある。

                                  望みも消えゆくまでに 世の嵐に悩むとき
                                     数えてみよ主の恵み 汝が心は安きを得ん

                                     数えよ主の恵み 数えよ主の恵み
                                     数えよ一つずつ 数えてみよ主の恵み


                                  ──聖歌604番/新聖歌172番『望みも消え行くまでに』

                                  「信じます。不信仰な私をお助けください」(新約聖書『マルコの福音書9:24)と、心の底から悔い改めて、ますます神に拠り頼む者となりたいと思う。

                                  だから、あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります。
                                  ──新約聖書『マタイの福音書』 6:34

                                  また、私の神は、キリスト・イエスにあるご自身の栄光の富をもって、あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます。
                                  ──新約聖書『ピリピ人への手紙』4:19
                                  | もーちゃん | 希望の光 | 14:27 | comments(2) | trackbacks(0) |
                                  新番組『すすめ☆ゴスペル号!』
                                  0
                                    JUGEMテーマ:聖書

                                    今朝(10月5日)、新聞のラジオ番組欄を見ていて気付いたのだが、KBS京都(1143kHz/20kW)で21時10分から

                                    すすめ☆ゴスペル号!

                                    という番組が始まるらしい(10分間)。

                                    そういえば以前、同局で日曜の深夜に『What'sゴスペル?!』という、確か5分番組があった。
                                    早朝の中波各局で行われている福音放送とは異なり、3人の若者(!)が毎週、テーマに沿ってざっくばらんにトークを展開するという形式の内容であった。

                                    さて、今度の新番組はどのように進められていくのだろうか。
                                    時間帯も深夜ではなくゴールデンタイムということもあり、楽しみ、楽しみ
                                    | もーちゃん | 希望の光 | 14:17 | comments(1) | trackbacks(0) |
                                    賛美に水湧く
                                    0
                                      JUGEMテーマ:聖書

                                      彼らはそこからベエルに向かった。
                                      それはがモーセに、「民を集めよ。わたしが彼らに水を与える」と言われた井戸である。

                                      そのとき、イスラエルはこの歌を歌った。

                                      「わきいでよ。井戸。
                                      ──このために歌え──
                                      笏(しゃく)をもって、杖をもって、
                                      つかさたちがうがち、
                                      民の尊き者たちが掘ったその井戸に。」


                                      ──旧約聖書・民数記21章16〜18節(日本聖書刊行会発行『新改訳聖書 第3版』より引用)

                                      賛美ほど主を喜ばせまつるものはない。

                                      感謝ほど真実な信仰の試練はない。

                                      あなたがたは十分に神を賛美しておられるか。

                                      かぞえきれないほどの現実な祝福に対して神に感謝しておられるか。

                                      祝福の変装である試みに対して大胆に神を賛美しておられるか。

                                      まだ与えられていない事柄に対して、前もって神を賛美することを学んでおられるか。


                                      ──『荒野の泉』(レテー・B・カウマン著、山崎亭治訳)5月26日
                                      | もーちゃん | 希望の光 | 13:23 | comments(0) | trackbacks(0) |
                                      日英聖書の読み比べで聖書理解を深める
                                      0
                                        JUGEMテーマ:聖書

                                        “待機社員”としてティ○スティの営業所で毎日9時から18時まで拘束されている間、“自習”をしていなければならないのだが、その自習のためのネタとなる本の購入にお金をかけられない事情があり(早い話がビンボーだということ)、実際のところはコソコソと聖書を読んだりしている。

                                        常に持ち歩いているのは、
                                        『新約聖書─新改訳 詩篇・箴言付』
                                        『The NIV Thinline Bible』
                                        の2冊。

                                        新共同訳とTEV(Today's English Version──以前はGood News Bibleと言われていた)の対訳も読んではみたが、基本的に日本語では新改訳、英語ではNIV(New International Version)が好きだということと、TEVは英語としては容易すぎるという点で、上記2冊を持ち歩くことに決めたのである。

                                        新約聖書『コリント人への手紙』からいわゆる“パウロ書簡”を英日並行して読み進んでいる。

                                        日頃日本語で読んでいて今一つ分からなかった所が、英語と読み比べることで理解ができることがある。

                                        今回気付いたのは、例えば『コリント人への手紙第一』3章6節〜8節ではこう書かれている。

                                        私が植えて、アポロが水を注ぎました。しかし、成長させたのは神です。それで、たいせつなのは、植える者でも水を注ぐ者でもありません。成長させてくださる神なのです。植える者と水を注ぐ者は、一つですが、それぞれ自分自身の働きに従って自分自身の報酬を受けるのです。

                                        「私(パウロ)が植えて、アポロが水を注ぎ……」とあるのに、すぐその後で「植える者と水を注ぐ者は、“一つ”」とはどういう意味か分からずにいたが、NIVを読むとその疑問が解決

                                        I planted the seed, Apollos watered it, but God made it grow. So neither he who plants nor he who waters is anything, but only God, who makes things grow. The man who plants and the man who waters have one purpose, and each will be rewarded according to his own labor.

                                        「植える者と水を注ぐ者には“一つの目的”があり……」という意味だったのか。

                                        聖書を原語(旧約はヘブライ語、一部アラム語。新約はギリシャ語)で読めればいいのだが、そんな人はほとんどいない(もちろん、私を含めて)。
                                        となると、母国語以外の言語も理解できる方はなるべくその言語でも読み比べた方が、聖書理解に大いに役立つ。

                                        英訳聖書の場合だと、例えば、原典に忠実な直訳調か、または現代の読者に分かりやすいように大胆に意訳したものか──など、それぞれ翻訳方針の異 なる聖書がざっと20種類ほどあるが、私が持っているNIVは分かりやすさと正確さをバランス良く兼ね備えた聖書で、アメリカでは最もよく読まれてい るそうだ。

                                        22年前に英検2級を取得し、以降TOEICはおろか何の検定試験も受けていない私でも読み進められるNIVはオススメである。

                                        上記
                                        聖句は、日本聖書刊行会発行『新改訳聖書第3版』およびZondervan Publishing House発行『The Holy Bible, New International Version』より引用
                                        | もーちゃん | 希望の光 | 15:55 | comments(0) | trackbacks(0) |
                                        牧師先生引退記念(?)礼拝
                                        0
                                          聖書

                                          2008年3月9日 礼拝式

                                          こういうわけで、わたしたちは、このような多くの証人に雲のように囲まれているのであるから、いっさいの重荷と、からみつく罪とをかなぐり捨てて、わたしたちの参加すべき競走を、耐え忍んで走りぬこうではないか。
                                          信仰の導き手であり、またその完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか。彼は、自分の前におかれている喜びのゆえに、恥をもいとわないで十字架を忍び、神の御座の右に座するに至ったのである。
                                          あなたがたは、弱り果てて意気そそうしないために、罪人らのこのような反抗を耐え忍んだかたのことを、思いみるべきである。
                                          あなたがたは、罪と取り組んで戦う時、まだ血を流すほどの抵抗をしたことがない。
                                          また子たちに対するように、あなたがたに語られたこの勧めの言葉を忘れている、
                                           「わたしの子よ、
                                            主の訓練を軽んじてはいけない。
                                            主に責められるとき、弱り果ててはならない。
                                            主は愛する者を訓練し、
                                            受けいれるすべての子を、
                                            むち打たれるのである」。
                                          あなたがたは訓練として耐え忍びなさい。神はあなたがたを、子として取り扱っておられるのである。いったい、父に訓練されない子があるだろうか。
                                          だれでも受ける訓練が、あなたがたに与えられないとすれば、それこそ、あなたがたは私生子であって、ほんとうの子ではない。
                                          その上、肉親の父はわたしたちを訓練するのに、なお彼をうやまうとすれば、なおさら、わたしたちは、たましいの父に服従して、真に生きるべきではないか。
                                          肉親の父は、しばらくの間、自分の考えに従って訓練を与えるが、たましいの父は、わたしたちの益のため、そのきよさにあずからせるために、そうされるのである。
                                          すべての訓練は、当座は、喜ばしいものとは思われず、むしろ悲しいものと思われる。しかし後になれば、それによって鍛えられる者に、平安な義の実を結ばせるようになる。


                                          ──新約聖書・ヘブル人への手紙12章1〜11節

                                          :信仰の導き手であり、またその完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか。

                                          メッセージ・ポイント

                                          神、共にいますという臨在信仰で生活していく時、充分に心しつつ、注意すべきことは何であろうか。

                                          信仰の導き手であり、またその完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか。彼は、自分の前におかれている喜びのゆえに、恥をもいとわないで十字架を忍び、神の御座の右に座するに至ったのである。

                                          ──新約聖書・ヘブル人への手紙12章2節

                                          しかし、わたしは主を仰ぎ見、わが救の神を待つ。わが神はわたしの願いを聞かれる。
                                          ──旧約聖書・ミカ書7章7節

                                          十字架の言は、滅び行く者には愚かであるが、救にあずかるわたしたちには、神の力である。
                                          ──新約聖書・コリント人への第一の手紙1章18節

                                          (上記聖句はすべて日本聖書協会発行『口語訳聖書』より引用)
                                          | もーちゃん | 希望の光 | 17:33 | comments(0) | trackbacks(0) |
                                          逆風と神の力
                                          0
                                            JUGEMテーマ:聖書

                                             それからすぐ、イエスは弟子たちを強いて舟に乗り込ませて、自分より先に向こう岸へ行かせ、その間に群衆を帰してしまわれた。

                                            群衆を帰したあとで、祈るために、ひとりで山に登られた。夕方になったが、まだそこに、ひとりでおられた。

                                            しかし、舟は、陸からもう何キロメートルも離れていたが、風が向かい風なので、波に悩まされていた。

                                            すると、夜中の三時ごろ、イエスは湖の上を歩いて、彼らのところに行かれた。

                                            弟子たちは、イエスが湖の上を歩いておられるのを見て、「あれは幽霊だ」と言って、おびえてしまい、恐ろしさのあまり、叫び声を上げた。

                                            しかし、イエスはすぐに彼らに話しかけ、「しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない」と言われた。

                                            すると、ペテロが答えて言った。「主よ。もし、あなたでしたら、私に、水の上を歩いてここまで来い、とお命じになってください。」

                                            イエスは「来なさい」と言われた。そこで、ペテロは舟から出て、水の上を歩いてイエスのほうに行った。

                                            ところが、風を見て、こわくなり、沈みかけたので叫び出し、「主よ。助けてください」と言った。

                                            そこで、イエスはすぐに手を伸ばして、彼をつかんで言われた。「信仰の薄い人だな。なぜ疑うのか。」

                                            そして、ふたりが舟に乗り移ると、風がやんだ。

                                            そこで、舟の中にいた者たちは、イエスを拝んで、「確かにあなたは神の子です」と言った。


                                            ──新約聖書・マタイの福音書14章22〜33節(日本聖書刊行会発行『新改訳聖書第3版』より引用)


                                            風が逆で、舟が波のために翻弄される時にのみ見られる主のご栄光がある。

                                            「イエス・キリストは暴風に対しての安全」ではなく、彼は暴風の中の全き安全である。

                                            彼はあなたがたに安易な道を決して約束しなかった。

                                            彼が約したもうたのは安全に上陸することである。


                                            ──『荒野の泉』(レテー・B・カウマン著、山崎亭治訳)3月31日
                                            | もーちゃん | 希望の光 | 10:36 | comments(0) | trackbacks(0) |
                                            FOOTPRINTS─あしあと
                                            0
                                              JUGEMテーマ:小説/詩


                                              FOOTPRINTS

                                              One night I dreamed a dream.
                                              I was walking along the beach with my Lord.
                                              Across the dark sky flashed scenes from my life.
                                              For each scene, I noticed two sets of footprints in the sand,
                                              one belonging to me
                                              and one to my Lord.

                                              When the last scene of my life shot before me
                                              I looked back at the footprints in the sand.
                                              There was only one set of footprints.
                                              I realized that this was at the lowest and saddest times in my life.

                                              This always bothered me and I questioned the Lord about my dilemma.
                                              "Lord, you told me when I decided to follow You,
                                              You would walk and talk with me all the way.
                                              But I'm aware that during the most troublesome times of my life there is only one set of footprints.
                                              I just don't understand why, when I needed You most,
                                              You leave me."

                                              He whispered, "My precious child,
                                              I love you and will never leave you
                                              never, ever, during your trials and testings.
                                              When you saw only one set of footprints
                                              it was then that I carried you."

                                              copyright(C)1964 by Margaret Fishback Powers



                                              あしあと

                                              原詩 マーガレット・F・パワーズ(プロテスタントの牧師) 訳 松代恵美

                                              ある夜、わたしは夢を見た。
                                              わたしは、主とともに、渚を歩いていた。
                                              暗い夜空に、これまでのわたしの人生が映し出された。
                                              どの光景にも、砂の上にふたりのあしあとが残されていた。
                                              一つは、わたしのあしあと、
                                              もう一つは主のあしあとであった。

                                              これまでの人生の最後の光景が映し出されたとき、
                                              わたしは、砂の上のあしあとに目を留めた。
                                              そこには、一つのあしあとしかなかった。
                                              わたしの人生で一番つらく、悲しい時だった。

                                              このことがいつもわたしの心を乱していたので、
                                              わたしはその悩みについて主にお尋ねした。
                                              「主よ。わたしがあなたに従うと決心したとき、
                                              あなたは、すべての道において、わたしとともに歩み、
                                              わたしと語り合ってくださると約束されました。
                                              それなのに、わたしの人生の一番つらい時、
                                              ひとりのあしあとしかなかったのです。
                                              一番あなたを必要としたときに、
                                              あなたが、なぜ、わたしを捨てられたのか、
                                              わたしにはわかりません」

                                              主は、ささやかれた。
                                              「私の大切な子よ。私は、あなたを愛している。
                                              あなたを決して捨てたりはしない。
                                              ましてや、苦しみや試みの時に。
                                              あしあとが一つだったとき、
                                              私はあなたを背負って歩いていた」


                                              * - * - * - * - * - * - * - * - * - *

                                              2007年ももう間もなく幕を閉じようとしています。
                                              この一年、あなたにとってどんな年でしたか。

                                              楽しいこと、嬉しいこと。
                                              あるいは、辛いことや悲しいこと──。

                                              生きている限り、様々なことに遭遇するものです。

                                              あなたがどのような状況にあろうと、神は常にあなたのそばにいて、あなたと共に歩んでくださるお方です。
                                              決してあなたを見放さず、見捨てず、いつでも支えとなってくださるお方なのです。

                                              この一年も主にあって守られ導かれて歩んでこられたことに、心から感謝をしようではありませんか。
                                              そして来る年も、さらに豊かな人生を歩ませてくださるようにと祈りたいものです。
                                              | もーちゃん | 希望の光 | 00:31 | comments(0) | trackbacks(0) |
                                              史上最大のプレゼント
                                              0
                                                JUGEMテーマ:クリスマス


                                                今年のクリスマス、皆さんは誰かにプレゼントをあげたり、あるいは誰かからもらったりしましたか。

                                                お父さんやお母さん、兄弟姉妹や友人、恋人などなど、大切な人からのプレゼントは特別嬉しいものですね。

                                                ところで、クリスマスというのは、実は神から人間への最大のプレゼントであるということをご存知でしょうか。

                                                「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」
                                                ──新約聖書『ヨハネの福音書』3章16節


                                                神はイエス・キリストをこの世に遣わし、罪にまみれている私たちの身代わりに十字架につけ、彼を信じる者を罪のない者として天国へ行けるようにしてくださったのです。

                                                あなたはもう、この史上最大の神からのプレゼントを、受け取りましたか。
                                                | もーちゃん | 希望の光 | 17:25 | comments(0) | trackbacks(0) |
                                                いよいよ12月、そしてクリスマス
                                                0
                                                  JUGEMテーマ:クリスマス


                                                  クリスマスツリー


                                                  「天(あめ)には栄え 御神(みかみ)にあれや
                                                  地(つち)には安き 人にあれや」と
                                                  御使(みつか)い達の たたうる歌を
                                                  聞きて諸人(もろびと) 共に喜び
                                                  今ぞ生まれし 君をたたえよ


                                                  ──賛美歌98番「あめにはさかえ」


                                                  いよいよ12月。
                                                  テレビのCMも、すっかりクリスマス・モード。

                                                  今冬初めて耳にしたクリスマスの曲は、このFelix Mendelssohn作曲(1840年)の賛美歌(正確には、カンタータの中のこの1曲を1857年にWilliam H. Cummingsが賛美歌用に編曲)。

                                                  ヤマザキのクリスマスケーキCMで使われています(松たかこがパイプオルガンを演奏しているもの)。

                                                  作詞は宗教家/賛美歌作者のCharles Wesley。

                                                  上記の訳詞は文語訳(古語訳)なので分かりにくいかもしれませんが、原文の英詞も、実は1739年の作──。

                                                  Hark! the herald angels sing,
                                                  "Glory to the newborn King!
                                                  Peace on earth, and mercy mild,
                                                  God and sinners reconciled!"
                                                  Joyful, all ye nations, rise,
                                                  Join the triumph of the skies;
                                                  With th' angelic host proclaim,
                                                  "Christ is born in Bethlehem!"
                                                  Hark! the herald angels sing,
                                                  "Glory to the newborn King!"


                                                  出典は新約聖書『ルカの福音書』に書かれている、イエス・キリストの誕生を天使が羊飼いたちに告げ知らせた後の天使たちによる賛美の個所です。

                                                  すると、たちまち、その御使いといっしょに、
                                                  多くの天の軍勢が現れて、神を賛美して言った。
                                                  「いと高き所に、栄光が、神にあるように。
                                                  地の上に、平和が、
                                                  御心にかなう人々にあるように。」


                                                  ──『ルカの福音書』2章13〜14節
                                                  (日本聖書刊行会発行『新改訳聖書』第3版より引用)


                                                  ケーキやプレゼントのことを考えると、確かにウキウキ・ワクワクしますが、今年は一つ、本当のクリスマスの意義に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

                                                  23日の日曜日には全国の教会でクリスマス礼拝が行われます。
                                                  是非、お近くの教会へお越しください。

                                                  教会がどこにあるのか分からない方は、例えば以下の所に問い合わせると教えてもらえます。

                                                  キリスト教放送局 FEBC
                                                  PBA(太平洋放送協会)
                                                  | もーちゃん | 希望の光 | 00:58 | comments(0) | trackbacks(0) |
                                                  ブログ『聖書から人生を考えよう』のご紹介
                                                  0
                                                    北海道在住のHN「北国のこひつじ」さんのブログ『聖書から人生を考えよう』のご紹介です。

                                                    「聖書の真理とキリストの福音を分かりやすく伝え」
                                                    「一人でも多くの方々が万物を創造された真の神様のご存在をお知りになり、生ける神のみことばである聖書に触れ、人間本来のあるべき姿に立ち帰られる」

                                                    ようにとの願いから、柔らかく温かな語り口(書き口?)でブログを書き綴られてこられました。

                                                    残念ながら、事情により今後更新されることはないそうですが、どの記事も心に沁みる言葉に満ち溢れており、訪問者に安らぎを与えてくれます。

                                                    どうかあなたも、この『聖書から人生を考えよう』をお訪ねになり、真の神様に出会い、永遠の命をお受け取りくださるよう、心から願います。

                                                    神は、実に、そのひとり子(イエス・キリスト)をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。(新約聖書・ヨハネの福音書3章16節)
                                                    | もーちゃん | 希望の光 | 22:27 | comments(3) | trackbacks(0) |
                                                    レックス・ハンバード師死去
                                                    0
                                                      日本でもかつて『レックス・ハンバード・アワー 明日への希望』という福音テレビ番組(30分間=日本語吹き替えは大平透氏)を行っていたRex Humbard師が老衰で天に召されたらしい。

                                                      最近、心臓病や消化機能の障害を併発して入院中とのことで、気掛かりではあったが……。

                                                      私も毎週『明日への希望』を見ていた。

                                                      祈りの家族の一員であった。

                                                      師の本も何冊かいただいて、今でも持っている。

                                                      『神からの祝福を引き出す秘訣』
                                                      『最高の人生を生きるには』
                                                      『祈りの家族』
                                                      『土台がくずれてもたおれない秘訣』
                                                      『神の保証をあなたに』

                                                      師の番組によって信仰へ導かれたり、励ましや慰めを得た人々は数知れない。


                                                      最初のテレビ伝道者レックス・ハンバード氏死去

                                                       【CJC=東京】米放送伝道の先駆者で最初の「テレバンジェリスト(テレビ伝道者)」として知られるレックス・ハンバード氏が9月21日、老衰で死去した。88歳。週刊誌『USニュース・アンド・ワールド・リポート』は「アメリカの世紀を作り上げたトップ25人の1人」にあげている。

                                                       1919年8月13日、アーカンソー州リトルロック生まれ。牧師の家庭で育ち、『ハンバード・ファミリー・シンガーズ』のメンバーだった。49年に、CBS系列局から放送伝道を開始、世界の注目を集めた。

                                                       週刊誌『タイム』は99年に「今日、レックス・ハンバードは、全世界に福音を説くことでは、歴史上の誰よりも身近に来た」と評価している。

                                                       52年、オハイオ州アクロンで主宰している『カテドラル・オブ・トゥモロー』(座席数5400)教会の礼拝を、毎週放送した。その後約30年間、北米360局、世界各地では91言語に訳され2000局以上から放送され、受信者は数百万人に上ったと見られる。

                                                       ゴスペルミュージックの中のベストを取り入れ、やさしい説き方で信者と非信者双方に訴えることで、文化や思想を超越していた。76年には毎日曜日の視聴者は平均800万人に上り、特別番組「愛されている」は3000万人が視聴したという。

                                                       熱心な視聴者の1人が、「彼の説教者」を見るために、日曜日朝にはホテルの客室でテレビと向かい合っていた歌手エルヴィス・プレスリー、と関係者が明らかにしている。エルビス死去の際、父親バーノン・プレスリー氏は、葬儀の司式をハンバード氏に頼んだ。

                                                       ニューヨークのマジソンスクエア・ガーデンやカーネギー・ホール、東京武道館、シドニー・オペラ・ハウスで行われた伝道集会はいずれも満員になった。79年にブラジル伝道を行った際には全土で120万人を集め、リオデジャネイロの世界最大のスタジアムでの集会には18万人が詰め掛けたという。アフリカ各地にも伝道し数十万人に福音を伝えた。

                                                       早くから、ラジオとテレビ着目、神の愛のメッセージ伝達に活用した。アーカンソー州ホットスプリングズのKTHSラジオ局で13歳の時に、ゴスペルを歌い、聴取者を彼の父の教会に招いている。40年代の初めに、毎日のラジオ番組を全米に向け開始した。

                                                       伝道番組の常連として登場したミュージシャンにはマヘリア・ジャクソン、ビル・ゲイザー、アンドレ・クラウチ、パットとデビー・ブーン、ロイ・ロジャースとデール・エバン、ジョニー・アンド・ジューン・キャッシュ、ブラックウッド・ブラザース、ステイツメン・カルテット、ザ・カテドラルズなどが名を連ねている。

                                                      CHRISTIAN TODAY [2007-09-24]
                                                      | もーちゃん | 希望の光 | 22:56 | comments(0) | trackbacks(1) |
                                                      戦争の原因は欲望
                                                      0
                                                        何が原因で、あなたがたの間に戦いや争いがあるのでしょう。あなたがたのからだの中で戦う欲望が原因ではありませんか。
                                                        あなたがたは、ほしがっても自分のものにならないと、人殺しをするのです。うらやんでも手に入れることができないと、争ったり、戦ったりするのです。あなたがたのものにならないのは、あなたがたが願わないからです。
                                                        願っても受けられないのは、自分の快楽のために使おうとして、悪い動機で願うからです。

                                                        新約聖書 ヤコブの手紙第4章1〜3節(日本聖書刊行会発行・新改訳聖書第3版より引用)

                                                        今年もまた終戦記念日が巡ってきました。

                                                        数多くの無辜の市民が犠牲となった第2次世界大戦。
                                                        そして、今も世界各地で頻発する戦争。

                                                        1. パレスチナ紛争
                                                        2. ミャンマー紛争
                                                        3. 東トルキスタン紛争
                                                        4. チベット紛争
                                                        5. コロンビア紛争
                                                        6. フィリピン紛争
                                                        7. カシミール紛争
                                                        8. 西サハラ紛争
                                                        9. ペルー紛争
                                                        10. ブルンジ内戦(停戦中)
                                                        11. ナゴルノ・カラバフ紛争(停戦中)
                                                        12. 南オセチア紛争
                                                        13. ソマリア内戦
                                                        14. カザマンス紛争
                                                        15. オセチア・イングーシ紛争(停戦中)
                                                        16. アルジェリア紛争(沈静中)
                                                        17. コンゴ民主共和国内戦
                                                        18. チェチェン紛争
                                                        19. インドネシア紛争
                                                        20. アメリカによるアフガニスタン侵攻
                                                        21. パキスタン紛争
                                                        22. イラク戦争
                                                        23. ダルフール紛争
                                                        24. ナイジェリア紛争
                                                        25. タイ紛争
                                                        26. ワジリスタン紛争
                                                        27. スリランカ内戦

                                                        人間というものは、幾度愚かな過ちを繰り返せばそれらから学ぶことができるようになるのでしょうか。

                                                        聖書は、戦いや争いの原因は欲望であると言います。

                                                        ほんの一握りの為政者(上層部)の意思により始まってしまう戦争。

                                                        彼らの欲望──石油などの天然資源や領土を不法に欲する心──が原因で、無関係な人々を巻き込んでしまう戦争。

                                                        世界中の為政者がこの愚かしさに早く気付き、真の平和を築くことのできる者、国民の利益のために働く者が起こされますように。


                                                        平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるから。
                                                        新約聖書 マタイの福音書第5章9節(同)
                                                        | もーちゃん | 希望の光 | 10:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
                                                        福音宣教もインターネットが主流に?
                                                        0
                                                          ヨイド純福音教会と言えば、以前日本でも『幸福への招待』という番組でテレビ伝道をしていた教会(パウロ・チョ・ヨンギ牧師)。

                                                          ここ日本でも、かつての路傍伝道からラジオやテレビ、そして最近はその軸足をインターネットに移している伝道団体も多い。

                                                          私がキリスト教に出会ったのは、BCLという趣味を通して海外からの短波(または中波)放送で福音に触れたのがきっかけ。

                                                          その中で特にお勧めなのは「日本FEBC」
                                                          毎日21:30〜22:45 1566kHzでの放送。
                                                          送信所は韓国・済州島。
                                                          インターネットでもオンデマンドで聴取可能。
                                                          昔はれっきとしたプロテスタント放送局だったが、いつの頃からか(エキュメニズムの影響か?)カトリックの神父の方々によるお話も聞くことができる。

                                                          日本全国の中波放送局でも、早朝(4時半〜5時台)に、例えば『世の光』『福音の光』『心に光を』などの番組が放送されている。

                                                          インターネット専門の放送局では、「BBN聖書放送」がいい。
                                                          24時間、讃美とお話が聞ける。

                                                          ラジオにせよインターネットにせよ、様々な事情でどうしても教会に足を運ぶことができない人々にとっては(私も含めて)、福音に触れ続けることができる貴重な手段である。

                                                          基本はもちろん、毎週日曜の主日礼拝に出席することではあるが……。


                                                          信じる者は救われる!? 韓国では宗教活動もIT化

                                                          ソウル郊外に住むイ・ソンス(32)は車で40分かかる教会に行く代わりに、教会が運営するサイトが配信する礼拝の動画を見ている。もちろん献金はネットバンキングで送金する。

                                                          イは「教会に足を運ぶほうがいいのだろうけど、週末は予定が多いのでネットで済ませている。時間も節約できるし、お説教を選ぶこともできる」と語る。

                                                          韓国で最も規模の大きい教会の一つである、汝矣島(ヨイド)純福音教会(信徒数75万人)が提供するお説教の動画の場合、今年4月の利用者は一日平均13万5000人にものぼった。

                                                          復活祭など大きな礼拝行事の際に実際に集まる信者が3万〜5万人であることを考えると侮(あなど)れない数字だ。

                                                          韓国の仏教の宗派である円仏教が最近、アメリカのリンデンラボ社の仮想現実サイト「セカンドライフ」に3階建てのサイバー寺を作った。今年ここで行われた釈迦生誕日のオンライン行事には多くの信者が参加した。

                                                          実際の教会に行かなくなって数年経つという大学生チェ・ウンギは「いろいろな教会を比べられるし、有名な牧師のお説教を選べる点がよい」と言う。

                                                          最近ではオンライン上にしか存在しない教会や寺まである。 このようなサイバー宗教活動について、「救済は礼拝堂にある。ネットのなかにはない」と問題視する意見も多い。しかし、「現代人は忙しく、礼拝に参加するのも一苦労だ。信者になったばかりの人にネットは有効な手段だ」とし、肯定的に受け取る牧師も少なくない。

                                                          朝鮮日報(韓国)より。

                                                          7月19日13時12分配信 COURRiER Japon + hitomedia
                                                          | もーちゃん | 希望の光 | 17:20 | comments(0) | trackbacks(0) |
                                                          ニーバーの祈り(THE SERENITY PRAYER)
                                                          0
                                                            THE SERENITY PRAYER

                                                            O God, give us

                                                            serenity to accept what cannot be changed,

                                                            courage to change what should be changed,

                                                            and wisdom to distinguish the one from the other.


                                                            Reinhold Niebuhr


                                                            ニーバーの祈り

                                                            神よ、

                                                            変えることのできるものについて、

                                                            それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。

                                                            変えることのできないものについては、

                                                            それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。

                                                            そして、

                                                            変えることのできるものと、変えることのできないものとを、

                                                            識別する知恵を与えたまえ。


                                                            ラインホールド・ニーバー(大木英夫 訳)

                                                            ラインホールド・ニーバー:アメリカの神学者・倫理学者(1892-1971)
                                                            | もーちゃん | 希望の光 | 17:12 | comments(0) | trackbacks(0) |
                                                            元ヤクザの牧師がモスクワ伝道
                                                            0
                                                              元ヤクザの牧師集団「ミッション・バラバ」
                                                              そのうちの一人、吉田芳幸師のモスクワ講演の記事。

                                                              正確には、'98年2月にアメリカ合衆国上院下院主催の朝餐会・昼食会に招かれたのは、「ミッション・バラバ」代表(当時)の鈴木牧師と中島伝道師の二人。
                                                              クリントン元大統領夫妻出席の元で鈴木牧師がスピーチを行い、満場の喝采を浴びた。


                                                              「奇跡は起こる」ヤクザの元親分 ロシアで伝道

                                                               ヤクザの元親分からキリスト教の牧師となり、世界各地で活発な伝道活動を行う吉田芳幸氏が、モスクワを訪問して講演するというので、ロシアの知人たちに声をかけてみたら、国内のテレビ局と新聞が取材に来た。

                                                               かつて大阪中を震え上がらせた山口組と松田組の抗争事件の後、殺人未遂容疑で逮捕されて服役しながらも、キリスト教徒の韓国人妻の影響で入信し、神の愛を説くようになった。そんな振幅の激しい吉田氏の人生が関心を集めたのだろう。

                                                               日韓共同製作映画「親分はイエス様」(斎藤耕一監督、渡瀬恒彦主演)のモデルとなった吉田氏は1998年、ワシントンで、クリントン大統領をはじめ各国の政財界の指導者4000人が列席する会に、メッセンジャーとして招待されたこともあるそうだ。「悪いことばかりやっていた私が妻の祈りによって変えられて、救われた。神は奇跡を起こす。大事なのはいかに今を生きるのか、です」。そう話す吉田氏の言葉と表情には、背中の入れ墨とは裏腹に、優しさがあふれていた。

                                                               取材も終わりにさしかかったころ、実は弟もマフィアになり、辞めようと苦悩している、と女性記者が打ち明けた。「信じて祈れば、人生はやり直せる。日本のヤクザもできた」。そう強調する吉田氏の話を、ぜひ弟に伝えたいという。弟さんのその後についてはいずれ彼女に聞いてみたい。(内藤泰朗)

                                                              7月9日8時0分配信 産経新聞
                                                              | もーちゃん | 希望の光 | 12:06 | comments(0) | trackbacks(0) |
                                                                    1
                                                              2345678
                                                              9101112131415
                                                              16171819202122
                                                              23242526272829
                                                              << February 2020 >>
                                                              + SELECTED ENTRIES
                                                              + RECENT COMMENTS
                                                              + RECENT TRACKBACK
                                                              + CATEGORIES
                                                              + ARCHIVES
                                                              + RECOMMEND
                                                              + RECOMMEND
                                                              + RECOMMEND
                                                              + RECOMMEND
                                                              + RECOMMEND
                                                              + RECOMMEND
                                                              + RECOMMEND
                                                              戦争のつくりかた
                                                              戦争のつくりかた (JUGEMレビュー »)
                                                              りぼん・ぷろじぇくと
                                                              戦争はいきなり始まるものではなくて、一歩、また一歩とゆっくりと「戦争ができる」「戦争をしてもいい」「戦争しなきゃ」というように進むものだと思います。 本書はまさにこのプロセスを絵本仕立てでわかりやすく示した「戦争レシピ本」です。小学生でも80歳の方でも等しく読める内容です。多くの一般市民にとってこの本は「戦争を考えるヒント」になるのではないかと思います。
                                                              + RECOMMEND
                                                              茶色の朝
                                                              茶色の朝 (JUGEMレビュー »)
                                                              フランク パヴロフ,ヴィンセント ギャロ,藤本 一勇,高橋 哲哉
                                                              突然「茶色のペット以外は飼ってはいけない」という法律ができたことで起こる変化を描いた反ファシズムの寓話。
                                                              + RECOMMEND
                                                              みどりのゆび
                                                              みどりのゆび (JUGEMレビュー »)
                                                              モーリス ドリュオン, Maurice Druon, 安東 次男
                                                              裕福に暮らすチト少年は、お父さんが兵器を作る人だったことを知り、驚きました。じぶんが不思議な<みどりのゆび>をもっていることに気づいた少年は、町じゅうに花を咲かせます。チトって、だれだったのでしょう? (小学4・5年以上)
                                                              + RECOMMEND
                                                              憲法九条を世界遺産に
                                                              憲法九条を世界遺産に (JUGEMレビュー »)
                                                              太田 光, 中沢 新一
                                                              実に、日本国憲法とは、一瞬の奇蹟であった。それは無邪気なまでに理想社会の具現を目指したアメリカ人と、敗戦からようやく立ち上がり二度と戦争を起こすまいと固く決意した日本人との、奇蹟の合作というべきものだったのだ。しかし今、日本国憲法、特に九条は次第にその輝きを奪われつつあるように見える。この奇蹟をいかにして遺すべきか、いかにして次世代に伝えていくべきか。お笑い芸人の意地にかけて、芸の中でそれを表現しようとする太田と、その方法論を歴史から引き出そうとする中沢の、稀に見る熱い対論。宮沢賢治を手がかりに交わされた二人の議論の行き着く先は…。
                                                              + RECOMMEND
                                                              + RECOMMEND
                                                              憲法は、政府に対する命令である。
                                                              憲法は、政府に対する命令である。 (JUGEMレビュー »)
                                                              ダグラス・ラミス
                                                              日本国民のどれくらいが「憲法とは何か」という問いに正しく答えられるのだろうか。著者は基本的に護憲の立場を取るが、その主張は第9条の正当性をヒステリックに叫ぶだけのものではない。本書は国際的かつ歴史的視点から憲法を解説し、日本国憲法が為政者と国民に何をもたらし、また何を抑制してきたかを整理するもの。
                                                              まずは「国の最高法規」である憲法が政府の施策のみならず、国民個人の政治的アイデンティティーを規定し、その国の文化にまで深い影響を与えていることを種々の学説や西欧の実例で示す。結果、日本国憲法の条文は主権在民の原則に立つ我が国の政府に対する「命令」であり、命令を下された側が足かせと感じるのは当然のことだと言う。「この憲法は米国から押しつけられたもので国民の総意ではない」という改憲派の常套句については、戦勝国の米国自身ですら制御できない権限を日本国民に与えたことを、米国が最も悔やんでいると反論する。
                                                              こうした立ち位置から第9条と安全保障条約、言論の自由、人権条項、政教分離の原則などをテーマに、現憲法の価値について考察を加えていく。
                                                              + RECOMMEND
                                                              憲法と戦争
                                                              憲法と戦争 (JUGEMレビュー »)
                                                              C.ダグラス ラミス, C.Douglas Lummis
                                                              憲法第9条に人びとを戦争からまもる力があるか? 国の交戦権とはどんな権利か? 自衛隊の海外派遣の本当の目的とは? 日米新ガイドラインのめざしているものは何か? これからの日本国憲法のために、改憲派であれ護憲派であれ、これだけは考えておきたいことを根源から問いなおす。
                                                              + RECOMMEND
                                                              愛国者は信用できるか
                                                              愛国者は信用できるか (JUGEMレビュー »)
                                                              鈴木 邦男
                                                              三島由紀夫は言った。「愛国心は嫌いだ」 なぜか!? 新右翼の大物が初心に返って「愛国心とは何か」を考え、その素晴らしさと危うさの両面を説く。天皇制や天皇論についても一家言を述べる。
                                                              + RECOMMEND
                                                              ラジオは脳にきく―頭脳を鍛える生活習慣術
                                                              ラジオは脳にきく―頭脳を鍛える生活習慣術 (JUGEMレビュー »)
                                                              板倉 徹
                                                              ケータイ、テレビ、パソコン…。視覚に頼りすぎた生活では「脳」は萎縮する。ラジオを聴いているときや読書の「場面想像」で脳全体が活性化する―など、脳機能低下を防ぎ、頭を良くするカンタンな方法を提案。無理なく継続でき、能力向上、記憶力アップ、脳の若返り、うつ病・アルツハイマー防止などにも効果抜群なシンプル生活のすすめ。
                                                              + RECOMMEND
                                                              放射能がクラゲとやってくる―放射能を海に捨てるってほんと?
                                                              放射能がクラゲとやってくる―放射能を海に捨てるってほんと? (JUGEMレビュー »)
                                                              水口 憲哉
                                                              25年以上昔から再処理工場からの放射能廃液の海洋放出に関して情報発信を行ってきた著者による、気仙沼における講演記録を収録したブックレット。さまざまな事例をもとに、放射能廃液による海洋汚染の実態を述べる。
                                                              + PR
                                                              + BBN聖書放送
                                                              + 9条守ろう!ブロガーズ・リンク
                                                              + MOBILE
                                                              qrcode
                                                              + LINKS
                                                              + PROFILE